「模擬デートだったんです。須藤課長の好きなコが、私と似ているからっていうだけの理由で、一緒に出かけたんですよ」

「俺の好きなコ……。それって誰なんでしょうか?」

 訊ねた須藤課長の声は震えていて、真実を知ることに怯えているような感じに見えた。

「覚えていないんですか?」

 私の問いかけに、首をもたげたまま縦に振った。

「経営戦略部のメンバーとの出逢いは覚えているのに、雛川さんのことと好きなコについてがハッキリしません」

「無理しないほうがいいですよ。もう横になって休んでください」

 つらそうな顔をしたので、須藤課長の肩に触れて、寝ることを促そうとしたら、触れかけた私の手が叩かれた。パシッと叩いた音で、お医者さんと話をしていた猿渡さんが、慌てて駆けつけてくれる。

「なんや、どうした?」

 須藤課長に叩かれた手を引っ込めつつ、背中に隠しながら猿渡さんに笑ってみせた。

「なんでもないです。私のお節介が嫌だっただけかと……」

「お節介が嫌やなんて、そないなことあるわけないやん。なぁ須藤課長?」

「……雛川さんに触れられたく、なくて。すみません、払うつもりが叩いてしまいました」

「触れられたくないなんて、おかしいやろ。だって須藤課長わっ!」

 私は迷うことなく猿渡さんの口に手を当てて、続きを言わせないようにした。

「私も猿渡さんと一緒に、お医者さんの話を聞いてきます。どうぞゆっくり休んでくださいね!」

 猿渡さんの口元を押さえたまま、椅子に座ってるお医者さんのところに向かいながら、泣きそうになるのを必死に堪える。須藤課長に叩かれた手の甲の痛みを、じんわりと噛みしめたのだった。