さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
⚖️ Chapter 6

「ごめんね、斎藤さん。せっかくの日曜日に休日出勤(きゅうしゅつ)してもらって……」

翌日、わたしは日曜日にもかかわらず法律事務職員(パラリーガル)の斎藤 いづみを呼び出して仕事をしていた。

「気にしないでください、光彩(ありさ)先生。
昼間は空いていましたし、わたしは休出手当をもらえますから」

艶やかな漆黒の髪をバレッタで後ろに束ねた彼女は、事も無げにてきばきと雑務を片付けていく。
さすが、菅野先生付きのアシスタントだ。

——別に、わたし付きの向井の仕事が遅いってわけじゃないけどね!

斎藤と向井は、うちの法律事務職員(パラ)の中では甲乙つけがたいほど仕事のデキる二人なのだ。


「その代わり、遅くとも六時までには上がらせてくださいね」

「えっ、用事でもあるの?
残念!鉄板焼きでステーキ奢ってからお酒呑みに行こうと思ってたのに……」

向井に休出を頼むときに定番の、終業後のコースだ。

「向井から聞いています。すごく美味しい黒毛和牛のフィレだそうですね」

彼女たちは同い年で、二人とも新卒でうちの法律事務所に入ってきた。

「でも、すいません……週末はいつも寄るところがあるので」

「へぇ、なにか習い事でもやってるの?」

「はい……そのようなものですね」

斎藤はふっ、と微笑んだ。
まるで、ダ・ヴィンチのモナリザのようなアルカイックスマイルだ。


斎藤は、そのすらりとスレンダーな容姿と相まってミステリアスな雰囲気を醸し出す子である。

事務所内では「クールビューティ」と称されているのだが、その反面、立ち居振る舞いが妙に色っぽい。
(その「魔性」によって、いったい何人のオトコを(とりこ)にしてきたの?——と口に出せば法令遵守(コンプラ)的にセクハラ認定(アウト)なことを、ついつい思ってしまうが……)


「ただの習い事ならいいけど、もしそれでお金を得て副業になりそうなら、必ず相談してね」

うちの事務所は大企業の機密を数多く扱ってるため、守秘義務に関する契約がやたらと厳しいのだ。

「はい、心得てます」

——ま、斎藤に限って、そんな心配する必要なんか、まったくないだろうけどね。

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