ストロベリー・バレンタイン
ソルト・キャンディー
 2月14日、金曜日。
 今日は、バレンタインデー。


「柏葉君」


 高校3年生の冬。
 これは、最後のチャンス。


「…何?」


 午前7時55分。
 朝のホームルーム直前。


 3年間ずっと同じクラスだったのに、
 ほとんど会話すら出来なかった
 同じクラスの、柏葉樹(かしわばいつき)君。



 私は初めて、彼に声をかけようとしている。



 緊張で、胃が痛くなる。
 でも、絶対に渡したい。



「これ、受け取って下さい」

 
 今まで出せなかった、
 ありったけの勇気を振り絞って。


 小さな箱を、私は彼に差し出した。


 光沢のあるグリーンの包み紙、
 ベルベット生地の白いリボン。


 中は苺の、トリュフチョコレート。


 想いを込めて、手作りをした。
 もちろん、玉砕は覚悟の上。



「ずっと好きでした」



 クラスのあちこちから、女子の叫び声が上がる。

 
 柏葉君は真っ直ぐで色素の薄い髪の色から覗く、少しだけブルーに輝く瞳を揺らした。


「私と、付き合って下さい」


 ほっそりとした長身の柏葉君には、ロシア人の血が少し混ざっているという噂。

 いつも涼やかで飄々とした態度。

 見目麗しいけれど決して、笑顔だけは見せない彼。



 学校の女子の間では絶大な人気があり、彼は「氷の王子」と呼ばれている。



「………」



 クラスの女子達は、今度こそ大きな叫び声を上げた。



『キャーーーー!!』


『イヤーーーーーーー!!!』



 この悲鳴の原因は、多分



 終始、無言だったけれど、



 柏葉君が私の手からチョコレートを、
 受け取ってくれたからである。





 彼はこの三年間、
 百個以上はあったはずの
 女子からのバレンタインチョコを
 ただの一つも、受け取らなかったのに。




 彼はとても戸惑っている様な、すごく驚いている様な、独特で不思議な表情をしながら私をただ、じっと見つめていた。



 受け取ってくれた。



 それだけでもう、
 卒倒しそうなくらい、




 幸せ。



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