ノクターン

智くんが玄関を開いて
 
「ただいま。」

と、声をかけると 中からお母様が出てきた。

子供の頃に会った、素敵なお母様が そのまま少し年を重ねて。
 


「いらっしゃい、どうぞ。」

私に笑顔を向けてくれる。
 


「お久しぶりです。」


私は、お母様を見た途端に 驚くほど緊張が無くなっていた。

お母様の懐かしい笑顔が、私の心を開放していた。


お母様は怪訝そうに
 
「えっ。」と智くんと私を交互に見る。

智くんは黙って微笑んでいる。
 


「ご無沙汰しています。高村麻有子です。軽井沢のクリーニング屋の。」

私が言うと、
 
「えー、麻有ちゃん?やだ、智之 何も言わないんだもの。本当に 麻有ちゃんだわ。すっかり綺麗になって。」

お母様は驚いた後で、懐かしそうに私の手を取り、再会を喜んでくれた。
 



「さあ、上がって。」と、先に立って入りながら
 

「お父さん、麻有ちゃんよ。軽井沢の。智之の恋人って 麻有ちゃんだったのよ。」

智くんと私は、見つめ合って微笑みながら お母様の後を付いて行った。
 
 

智くんのお父様とは初対面だった。

成功した実業家の貫禄と、父親の温かさを両方持った素敵な人だった。


私達の 再会の経緯を聞いた後で
 

「麻有ちゃんは、智之の初恋だからね。子供の頃 “ 麻有ちゃんが ” “ 麻有ちゃんが ” ってよく言っていたんだよ。」

お父様は 私に対しても 気軽に話しかけてくれる。
 
「余計な事、言わないでよ。」智くんは、照れて止める。
 


「でも、よく偶然に会えたわ。ご縁があったのね。」お母様の言葉も温かい。
 

「俺、結婚するつもりだから。」智くんは、はっきりと言ってくれた。
 

「よかったわ。麻有ちゃんなら、何も心配ないわ。」とお母様は言う。
 

「麻有ちゃんのご両親に ちゃんと挨拶したのか?」お父様の言葉も好意的で。
 

「これからだよ。」と、智くんが言うと
 
「大事なお嬢さんを頂くのだからね。きちんとしないと。忙しくなるね、お母さん。」

とご両親で目を合わせた。
 

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