シンフォニー ~樹
9

絵里加のいない軽井沢は、緑さえも薄く見えた。

東京で 健吾と二人 “新婚ごっこ” をしていると思うと、樹は 胸を掻きむしられる。


今まで、家族を大切にできたのは そこに絵里加がいたから。

だから 家族との時間が 楽しかった。
 


晴れない心を 隠すように 樹はテンションを上げていた。

陽気なムードメーカーが、樹の役目だから。

楽しいふりをしていると、本当に 楽しく思えてくる。


まわりも笑顔になってくれるから。
 


家族みんなが 寂しさを抱えていたから。

絵里加の不在は あまりにも大きい。


みんながそれぞれに、絵里加の不在に 打ちのめされていた。
 


「絵里ちゃん、戸締り大丈夫かしら。」

カーテンを引きながら、麻有ちゃんが言う。
 
「大丈夫だよ。子供じゃないんだから。」

智くんが苦笑する。
 
「でも。絵里ちゃん、案外 うっかり屋さんだから。」

麻有ちゃんは、心配そうに 眉をひそめる。


樹は智くんを見ながら、
 
「こんな事じゃ、姫が お嫁に行ったらどうするの。」と言う。

自分に言い聞かせる様に。
 
「そろそろ、子離れしないとね。」

智くんは樹に合せてくれる。樹は、大きく頷く。
 


「仕方ないよ。だから姫なんだよ。わが家の華だからね。」

翔の言葉に、みんなが頷く。
 
「絵里ちゃんがいないと、こんなに寂しいなんて。私、嫌だわ。」

母は、麻有ちゃんよりも、がっかりした声で言う。
 

「慣れるよ。うちの娘に、かわりはないんだから。」

父が言い、お祖父様も頷く。
 
「40才過ぎまで、うちにいられても 困るだろう。」

みんな、寂しさは同じだった。



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