谷間の姫百合 〜Liljekonvalj〜
🥀Kapitel 5

昼餐を終えた昼下がり、『珈琲、飲まないか?(Ska vi fika?)』とリリを誘ったラーシュが、珈琲(フィーカ)を飲みながら言った。

「……グランホルムへの手紙に『仕事が立て込んでいるのはわかるが、(リリ)がこれからのことについて話したいと言っている』と書いて送ったら、彼から『でき得る限り早く仕事に段取りをつけて、イェーテボリに出向く』と返事が来たよ」

「そう……ありがとう、ラーシュ」

兄に礼を述べたあと、リリもRörstrand(ロールストランド)のカップを持ち上げ、中の珈琲を含んだ。

「私はそれ以上のことは書き記してないからね」

つまり……グランホルム大尉は、リリの話がどういうものなのかをよく知らずに彼女の(もと)へやってくる、というわけだ。

彼がいつ到着するかなんて、まだまったく予想もつかないにもかかわらず、リリに緊張が走った。

家同士のつながりに重きを置く、彼の属する貴族社会では考えられない、本人……しかも女性の方から直接婚約破棄の申し出をするという、その特異さと重大さを、彼女は改めてひしひしと感じた。


「……後悔しないように、おやり」

そうつぶやいて、ラーシュはまた珈琲を飲んだ。

テーブルの皿の上に盛られたkanelbulle(シナモンロール)は、ひさしぶりに彼らの母親が(おの)ずから作ったものだった。

いかにも家庭の主婦が作ったという素朴な見た目と味だが、まだ兄妹が幼かった頃、競うようにして食べた思い出深いお菓子だ。

しかし、この日の二人は、とうとう手をつけずじまいだった。

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