「後ればせながらご挨拶させていただくわ。お隣に引っ越してきました。真島と申します。主人と息子、イングリッシュロップの毬ちゃんの四人家族です。どうぞよろしく」

全く目新しくない情報を淡々と述べる母親に、顔色の悪い陽生の表情が更に固くなった。

「おかあさん。玄関はまだしも、正門の鍵は内側からしか解錠できないはずです。どうやって侵入したのですか?」

そう、日葵には橋満槙(はしみつまき)という、陽生のストーカー紛いの人物によって玄関ごと丸焼けにされそうになった過去がある。

そのとき被害にあったのが蒼井家自慢の古式ゆかしい門戸であったのだが、焼失して以降、セキュリティに疑問を感じた陽生が、屋敷を四方八方囲うような形で外壁で覆ってしまっていたのだ。

こんなに簡単に侵入されたのでは、セキュリティ会社自慢の安全性に疑問が残る。

「お前が外壁の工事を発注したのは、真島系列の子会社だろう?私の名前を出したら簡単に家と家の境目の壁に行き来しやすい扉を付けてくれたよ」

陽生の父:孝明がおっとりと語る内容は口調に反して穏やかではない。

「ああ・・・安心していい。事前に蒼井のお義父さんには許可をとってあるからね」

確かにこの家を実質管理しているのは日葵の父である大和だ。

先日、美暖に会いに来た時の両親の不可解な態度と言動はこれが原因だったのかと日葵は納得した。

『ご両親という心強い味方が引っ越してきて慣れない子育ても安心ね』

日葵の母:夏子が言いたかったのは、そういうことだろう。

ネタバレを恐れた大和は、真佐子に口止めされて何かしら脅されていたに違いない、と陽生は確信した。

「いくら親子でもプライバシーの侵害になるとは思いませんか?」

「何のことかしら?いくら夫婦でも日葵さんのプライバシーを侵害しまくっている陽生さんの言葉とは思えないわね?」

口角を上げて陽生を見つめる真佐子には寸分の迷いもない。

裏の世界では゛近畿のドン゛と呼ばれる孝明に至っては、ニコニコ笑っているだけで、言葉を発しなくても何が言いたいのかを伝えてくる存在感がある。

小競合いに参戦する気など更々ないに違いない。

余裕の貫禄である。

兄さん至上主義の勇気ですら陽生に反旗を翻す覚悟を決めたのか、ひたすら陽生の視線を無視して、マイペースに美暖や柊と遊んでいる。