嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
ふたりなら怖くないから

 正式にプロポーズをされて、幸せの絶頂だけれど問題はまだ残っている。

 萌にきちんと説明をしないといけない。

 休み明けの水曜日、仕事が終わったら阿久津さんと共に時間を作ってほしいとお願いした。

 みなまで言わなくても、萌は朝に顔を合わせても深く突っ込んではこなかった。

「今日って朝霧さんも来るの?」

 大きな鍋で小豆を茹でている私の背後から、阿久津さんがひょこっと顔を覗かせた。

 あくを取る手を休ませないまま「その予定です」と答える。

 途端に阿久津さんは興奮を抑えきれない様子で身体をよじらせた。

「朝霧さんとプライベートで会えるんだ」

 私よりよっぽど恋をしている乙女に見えるのは気のせいではないはず。

「急なのに、ありがとうございます」

「どうせ予定ないから問題ないよ」

 鍋の底に沈んだ小豆を、つい掻き混ぜたくなるのをグッと堪え、湯気で湿った顔を軽く振った。

「いい報告なんだよね?」

「そうですね」

「だよねぇ。今日の朝霧さん、すごくスッキリした顔してるもん」

 心臓がドキリとする。

 そういう行為をした後は顔つきがスッキリするって聞いたことがある。

 仁くんもそれに当てはまるのだろうか。

 もしかして私の顔も?

 焦ったけれど、顔の半分はマスクで隠れているのを思い出す。

 仁くんマニアの阿久津さんだからこそ分かる微妙な変化に違いない。

 そう考えたら無意識に笑いがこぼれていた。
< 180 / 214 >

この作品をシェア

pagetop