十二怪談
其の二
これは、牛舎で働くある男のお話。
ある日、一度も交尾した事の無い食用牛が突然子が孕んだのように腹が出ていたのです。
驚いた男はすぐに医者に見せると、この牛は本当に子を孕んでいると。そして、レントゲンの結果、子牛の影が妙だといいます。
妙、という理由はその子牛の顔の骨格がまるで人間の頭蓋骨のようだと言うのです
そして続けて医師はこう言いました。「これはひょっとしたら『件』かもしれない」と
そして、「もし件であれば生まれた時の言葉を一言一句聞き逃さないように」との忠告を受け、ドキドキしながら子牛が生まれるのを待ちました。
そして何日かほぼつきっきりで見ていると、遂に陣痛が来たようで母牛が苦しみ始めましたそして、ゆっくりと出ていた子牛の頭は、驚く事に人間の中年男性そっくりだったのです。
そして、ボトリと産まれ落ちるとその子牛はよろりと起き上がり、酷く怯えた様子でこう言いました「ああ、あいつが来る…あいつが来る…そこのお前!何があっても海に近寄るな!あいつが来てしまったら何もかもが終わる!」そう言い残すと、パタリと倒れ、確認すると脈もありません。

そんな事があった次の年、雨の降る元旦に車で山に登り、寺院に厄払いに行くと、寺院の門の前で傘も差さずに佇んでいる妖艶な着物の女性がおりました。
女性は黒子の様に顔を隠しており、手には大事そうに包みを持っていました。いかにも訳ありな様子だったので、無視して門をくぐろうとすると、「あの、」とその女性に声をかけられ、そのあまりに美しい声につい「はい、何でしょう」と答えると、その女性は「近くの浜辺に用があるので、そこまで乗せていってもらえませんか?」と言いました。
男は一瞬悩みましたが、普段女っけの無い生活をしている上にお人好しなので「はい、いいですよ」と二つ返事で了承しました。
そして車に乗っている間、妙に蛙の鳴き声が近くからするので、男が「ひょっとして、その包みの中身って蛙か何かですか?」と冗談めかしく言うと、「はい」と即答され、(蛙を持って浜辺に行くなんて一体何の用事だろう)等と思っているうちに、近くの浜辺に着き、男が、「ここに一体何のご用事が?」と訪ねると、その質問は無視され、女性は波打ち際まで歩いて行くと無言で手招きをするのです。男は従順にそれに着いていき、波打ち際まで来ると、何故か海に牛の顔が写っているのです。
(牛の世話のしすぎで幻覚を見ているのかな?)と思っているとその牛の顔は口を開け鋭い牙を見せました。(こんな幻覚を見るほど疲れていたのかな?)なんて思った瞬間、隣にいた着物の女性は包みを開け、牛の口の辺りに蛙をボトボトと入れると、波紋が立たずに牛の口に飲み込まれていくのです。そこでやっと幻覚じゃない事に気付いた男は、必死で逃げ出すと海から10メートルほどの化け物が這い上がってきました。その化け物は牛の顔に蜘蛛のような体、足は鋭く尖った爪のようになっており、動きが遅いのでこれなら逃げられそうだとたかをくくると、視界の端にあの女性の着物が見え、「無事だったのか」と振り向いた瞬間、女性はこう言いました「あなたはもう逃げられない」そんな言葉を吐いた口は海の化け物と同じ牙が生え、黒子を取った顔は牛そのものでした
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