愛梨は少し躊躇ったが、弘翔が愛梨に怒ったことが無いことも知っているので、信じてそっと口を開いた。

「この前エレベーターで会った通訳の人、覚えてる?」
「うん。あの色男だろ。確か、河上さん」

 普段は冗談を言ってばかりで、同僚や後輩としょうもない悪戯ばかりしている弘翔だが、実は仕事は出来る方だ。
 だから愛梨が適当に既読にして見逃していた社内掲示板や通達メールの内容までちゃんと頭に入れてあるし、聞けばすぐに情報を引っ張り出してきてくれる。

「その人が、その……」
「え? …何?」
「前に話してた…、幼馴染みなんだ……って言ったら……」

 怒る? とは言葉に出来ない。

 もしかしたら弘翔は、ずいぶん前に酒の席で話した愛梨の幼馴染みの話など、忘れているのではないかと思った。

 特に興味もなさそうに頷く程度で終わるならそれで良いと思っていたが、案外ちゃんと食いつかれてしまう。

「え、それ愛梨の初恋の…? ……嘘でしょ?」
「……私も思ったよ。嘘でしょ、何でここにいるの、って」

 話を聞いて静かに瞠目した弘翔に、愛梨も静かに息を飲んだ。

 エレベーターで雪哉と遭遇した時、愛梨は弘翔以上に『嘘でしょ』と思った。だからそう言いたくなる気持ちはわかる。言葉を失ってぱちぱちと瞬きをしている弘翔の驚き顔を見て、愛梨は弘翔の内心を察した。

「いや、あの…別にだからどうってわけじゃないよ?」

 あまり余計な心配などさせたくなかったので、愛梨はすぐに弘翔の考えがあらぬ方向へ拡大する事を食い止めた。

「ただ、気付いたのに伝えておかないのは……フェアじゃないかなって」