弘翔の言葉が、ずしりと心にのしかかる。弘翔は愛梨には怒っていなかったが、どうやら雪哉に対して怒りの感情を向けているらしかった。

 それが愛梨を傷付けるために言っているのではないのは理解できるし、事実であるのも理解している。けれど、弘翔が雪哉を悪く言う事を、愛梨はさらりと聞き流せなかった。

「でも、それには事情が……」
「庇うなよ」

 口を開くと、弘翔の鋭い声がピシャリと空気を打った。ビクリと身体を震わせて動きを制止させると、身体に絡まる腕に更なる力が込められる。

「庇うな、そんな奴の事なんか。今、付き合ってるのは俺だろ?」

 弘翔の切ない声にそっと顎を引く。
 それは、確かにそう。

 でもやっぱり、弘翔に雪哉の事を悪く言ってほしくない。それが、愛梨が大切にしてきた思い出を踏みにじられるように感じたからか、弘翔が誰かを傷付ける言葉を吐くのを見聞きしたくないからか、愛梨がまだ雪哉に恋心を抱いているからなのかは、自分でも上手く判断できない。

 けれど自分の本音がそのいずれであっても、弘翔が雪哉を侮る言葉など聞きたくはなかった。

「まさか、もう誘われた?」
「そんなわけないでしょ」

 弘翔に訊ねられ、すぐに首を横に振る。

「別に話もしてないし、話しかけられることもないよ」

 恐らく雪哉と社内で遭遇することは、まずない。愛梨も弘翔も新規プロジェクトのメンバーではないし、今後メンバーになる予定もない。プロジェクトチームが展示会や商談で使う資料を用意するといった細かい雑用はあるかもしれないが、少なくとも通訳と一緒に仕事をする機会はない筈だ。