Summer Day ~夏の初めの転校生。あなたは誰?~
6月のサッカー部
 ジーンズにボーダーのTシャツを合わせ、黒のキャップをかぶり、コウキはパンクを直したばかりの自転車に乗り、サッカー競技場を目指していた。今日、うちの山口東高校、サッカー部の公式戦がある。10時キックオフ。高校総体山口県予選の3回戦である。聞いたところでは、今までうちの高校は危なげなく勝ち上がってきたらしい。しかし、今日の対戦相手である北浦高校は2月の新人戦で山口県大会で3位になり、中国大会にも行った強いチームだ。サッカーが好きなコウキは、この好カードの対戦が楽しみだった。サッカー部の情報は、体育で同じダンスチームのサッカー部、和田くんからもよく入るし、先日、雨の日一緒に登校した、サッカー部のマネージャー、奈津からもいろいろ聞いた。それに、コウキは、放課後時間がある時はサッカー部の練習を観るのが好きで、よく練習を眺めていた。和田くんは左サイドバックで粘り強く、しつこく相手をマークする堅い守りが特徴的だった。加賀くんはフォアードの右サイドで、ドリブルであがるのがとても速かった。みんなそれぞれ持ち味が違う。個々の良さがチームの中で生かされているので、みんなのびのびとプレイしている。真剣なので、プレイに関して、お互いを注意し合う厳しい声はしょっちゅう飛んでいて、空気はピリッとしているのだが、彼らを取り巻いている空気から、お互い信頼し合っているのがよく分かる。コウキは山口東高校サッカー部のチームの雰囲気が、なぜか懐かしく感じられ好きだった。・・・ふっと心の中を風が通り過ぎていく・・・自転車をこぎながら、コウキは一瞬空を見上げた。
山口東高校の中に、コウキの目を引く選手がいた。練習着の番号は11番。トップの選手だ。ボールを持つと果敢に相手ゴールを目指してくる。ゴールが狙えるときはどんな体勢からでも打ってくる。ボールやゴールへの執念が誰よりも強く、熱いプレーをする・・・そんな選手だ。体育のダンスの時、11番の選手のことを聞くと、和田くんが、それは、「中山悠介」だ、と教えてくれた。小学1年生の時から地元のサッカーチームに入り、サッカー一筋。小学、中学の時は県の選抜チームにも選ばれていた実力者で、うちの高校の点取り屋らしい。
 サッカー競技場に近づくと、競技場内からは両チームを応援する大きな声が聞こえてきた。熱気が外まで伝わってくる。コウキは自転車を停めると急いで競技場に入った。応援の一団からは離れた木の陰に場所をとり、コートに目をやった。もう試合は始まっていた。スコアを見ると、まだ0対0。山口東は青色のユニフォームだ。相手チームは白色。ちょうど右サイドバックの和田くんが、相手フォワードからボールを奪ったところだった。応援席のどよめきが大きくなる。和田くんから、青の6番にパス。そして6番から絶妙なスルーパスが、相手ゴールの中央よりやや右側に走り込んだ10番に通った。10番は、相手センターバックの厳しい守りを気迫でかわすと、思いっきりシュートを放った。ボールはゴールの左隅に突き刺さり、山口東が先制点を決めた。
「ナイッシュー悠介!ナイッシュー悠介!」
山口東の応援メンバーたちが歓喜の声をあげ、悠介の名前を呼ぶ。山口東のベンチでは監督、控えの選手、それに2人のマネージャーが立ち上がって手を叩いて喜んでいる。コウキも見事なシュートに思わず手を叩いた。公式ユニフォームの10番は悠介だった。
 残りの前半は、相手もさすがに強く、1-0のまま折り返した。山口東も北浦も何本かシュートを打ったが、ゴールには至らなかった。しかし、後半が始まり、後半も中盤にさしかかると、ノリにノってきた山口東の攻撃が爆発した。8番をつけた加賀くんが右をドリブルであがり右コーナーぎりぎりから、中央にボールを蹴り込むと、そこに10番悠介が走り込み、息のあったゴールを決めた。その5分後、コーナーキックをもらった山口東が、左コーナーから、6番鷹斗がカーブをかけたボールをゴール前に蹴ると、それにまたしても10番悠介がヘディングで合わせ、突き刺さるようなきれいなゴールを決めた。そして、アディショナルタイムに入り、しばらくした時、7番壮眞がゴール前のごちゃごちゃの中からボールを奪い、そのままボールをゴールにねじ込んだ。その途端ホイッスルが鳴り響き、試合は終了した。山口東高校対北浦高校は4ー0で山口東高校が勝利を収めた。この試合、悠介はハットトリックを決めた。
山口東イレブンたちは、まず相手のベンチの前に整列した。コウキのそばで試合を観戦していた山口東高校の女子と思われる5人が、少しみんなから離れていて、近くにはコウキしかいないこともあってか、周りを気にせず、大きな声で話し始めた。
「先輩たち応援席にも挨拶に来るよ!前、行こう!前!」
「かっこよかったね~!悠介先輩!ハットトリックだよ!」
「写真撮らなきゃ!」
「あ~、でも、悠介先輩には奈津先輩がいるんだよね~。泣ける!」
「それは言わない!あの二人、めっちゃお似合いなんだもん。しょうがない。しょうがない!」
山口東イレブンが自分たちのベンチの前に整列したところだった。コウキの場所から、奈津の顔が見えた。奈津は白い歯をのぞかせ満面の笑顔をイレブンたちに向けている。そう言えば、ダンスの時、和田くんも言っていたっけ。
「悠介と奈津は、昔っから周りも公認の二人なんだぞ~。」
あの時はただ「ふーん。」と思っただけだった・・。コウキが好きな熱いプレーをする悠介とあの明るくて世話好きな奈津・・・本当に似合ってる・・・そう思う。いつの間にか5人の女子たちは前の方に移動していた。イレブンと控えの選手、そしてマネージャーたちも全員がコートを横切って応援席に挨拶しに向かってくる。みんなはち切れそうな笑顔だ。悠介の顔も自信に満ち溢れて輝いている。整列したメンバーと応援のメンバーが向かい合うと、勝利の歌を歌い始めた。みんなで飛び跳ねながら。それが終わると「ありがとうございました!!」と大きな声で挨拶をし、みんなで肩をたたき合い喜び合っていた。
 コウキも応援のみんなに混じって、大きく拍手をした。拍手をし終わり、コウキがその場を立ち去ろうとした時、悠介が奈津のところに走って行くのが見えた。悠介は奈津の前まで来ると、奈津の頭をキャップの上からポンポンと優しく叩いた。奈津はこぶしをにぎると、笑顔で悠介の胸に2回パンチした。「やったね!」奈津の口がそう言ったように見えた。
 コウキは悠介と奈津のいるコートに背を向けると歩き出した。
「ぎゃ~、お似合いすぎる!!うらやましい~!!」
後ろから、5人の女子たちの悲鳴に近い声が聞こえた。
ズキン・・・
胸が痛かった。好きな選手が活躍して、好きなチームが勝って、うれしくて気持ちいいはずなのに。何なんだろう・・。何の痛みだろう・・・。コウキはいつまでも続いている歓声を背中で聞き、足早に競技場を立ち去った・・。
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