獅子に戯れる兎のように
【7】ペットにするなら猫科の年下
 ―土曜日、夜九時―

 浅草にある割烹料理店。
『松の惠』で歓送迎会を行う。

 松の惠は花菜菱デパートのデパ地下でお惣菜やおせち料理等も販売しているお得意先だ。

 幹事である私は女将さんに挨拶をすませ、座敷へと向かった。

 総務部の部長と主役である虹原と日向が上座に座る。

 部長の堅苦しい挨拶と各課の課長の挨拶、退任する虹原、新任の日向の挨拶が終わり、あとはいつものように無礼講だ。

 山川は仲居さんのように振る舞い、部長や課長にお酌をし、虹原や日向、男性社員にも次々とお酌をして回った。

 当然、その対象は男性社員限定。
 山川の余計な振る舞いに、総務部に属する女性社員は男性社員にお酌をして回るはめに。

 私は幹事として、料理やお酒の手配に気を配る。

「雨宮さんも座ったら」

 忙しく動き回る私に、虹原が笑顔を向けた。付き合っていた頃、注がれていた優しい眼差しだ。

 私達が交際していたことは、総務部の社員は誰も知らない。

「そうだよ、雨宮さん。あとはお店のスタッフに任せて」

「……はい」

 部長に促され、私は一番下座に座る。みんなと会話が弾むほど、私は社交的ではない。

 黙って食事をすることは苦痛だが、楽しくもない話に相槌を打つよりはマシかも。山川は虹原の隣に強引に割り込み、ちゃっかり座っている。もう恋人気取りだな。

 複雑な心境から、飲めないお酒に口をつける。

 苦い酒……。

 人の笑い声も話し声も、耳を掠めるだけだ。

 もう疲れたな……。

 人に気を使うことも、恋愛することも……。
 一人で黙々とビールを口にする。

「雨宮さん、どうしたんですか?今夜は随分お酒が進むみたいですね。さぁ飲んで飲んで」

 いつの間にか、自分の席に舞い戻って来た山川が、私のグラスにお酌する。
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