ロマンスフルネス 溺愛される覚悟はありますか?
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「ここは一体…?」


「場所が近くて良かったですね。こちらは真嶋家が所有しているレジデンスの一区画です。ここならセキュリティ万全ですし、お食事などのご用件はコンシェルジュが24時間対応するそうですよ。」


九重さんに案内されてエレベーターを降りると、目の前には大きなエントランスの扉が見える。他には何も見当たらないので、ここがエレベーターを降りた先の唯一の部屋のようだ。


「当面の間はこちらで生活していただきます。安全が確認できるまで、ご自宅には戻らないようお願いいたします。」


「で、でも私なんかにここまでして頂かなくても」


「夏雪様からのご命令ですからね。秘書の私に判断の余地はありません。」


笑顔だけど有無を言わさぬ調子の九重さんに、扉の内側に押し留められる。遠慮したところで意味はなさそうだった。



「そいうえば『夏雪様』って仰るんですね。本人の前では『真嶋さん』って。会話も親しげな感じだったのに」


何気なく聞いたつもりが、九重さんにはかなり気まずい質問だったようで、「しまった」と聞こえてきそうな程困った顔をする。


「すみません、話したくなければ、別に」


「いえ、私としたことが失礼いたしました。

夏雪様はとても謙虚な方で、あまり畏まった応対を好まれないので、そのような接し方をさせていただいています。

しかし、私個人としては、夏雪様としかお呼びしようがありません。」


夏雪の前にいるときとは違って、まるで騎士が主君に向けるように強い敬意が伝わってくる。

つまり、九重さんは夏雪のリクエストでフランクに接してはいるけれど、内心では敬服する思いをひた隠しにしているのだ。


「例えば、夏雪様はこのように目の不自由な私を秘書として取り立てて頂いていますが、私以外にもハンディキャップを持つ人の雇用活動に大変積極的でいらっしゃいます」


「そうだったんですか…。知らなかったです。ただ、九重さんは優秀で手放せないって話してましたし、採用の方針とかそういう理由だけじゃないと思うんですけど」


「それは過分な評価です。私のようなものを側に置くことで、『偽善』だの『パフォーマンス』だの、夏雪様が要らぬ揚げ足を取られる要因になってしまうのですから。」


「そんな嫌なこと言う人いるんですか!?」


「経営者の周りは、引き摺り落とそうとすることを企む不届き者もいるんですよ。

しかし、そういう輩を全く取り合わない夏雪様の高潔さにもまた、感服するばかりですが。」


「ふふ、夏雪っぽいです。本当に、びっくりするくらい誇り高い性格ですよね」


「はい。あのお方は唯一無二です。」


満足そうな微笑みを浮かべて話すと、九重さんは「私はこれで」と帰っていった。


見た目以上にお互いを尊敬してる秘書と雇い主。ビジネスの関係として、これ以上幸せな関係性は無い気がする。


九重さんから聞く夏雪の一面はまた新鮮で、私も自然と口元が緩んだ。


「さて、それはそうとして…」


目の前に広がる大理石の玄関は、余裕で私の独り暮らしの部屋より広い。広さだけではなくて、重工感のある内装は何もかもが私の住む世界とは違っている。


「でも、ここで緊張しててもしょうがないもんね」


玄関で靴を脱いで良いのか迷いつつ、恐る恐る靴を脱いで奥に進むと、広大なリビングにたどり着く。天井は普通のマンションの二階ぶんくらいの高さで、一面の大きな窓からは、さっき夏雪と過ごした屋上庭園が見渡せた。


このエリア一帯はベリーヒルズビレッジと言って、オフィスビルからショッピングフロア、それに大規模な病院とレジデンスエリアが併設されている。その全てを樫月グループが運営しているらしい。

樫月グループの一員である真嶋家が、ここに不動産を所有してるのは自然なことなのかもしれないけれど…。部屋が空いているからといって、私が使ってしまって良いのだろうか。


リビングだけで何畳あるのか、夏雪が自宅代わりにしているホテルのセミスイートよりさらに広いと思う。っていうか夏雪、こんな良い部屋があるのにわざわざホテルに暮らすのは何故なんだろう。お金持ちの感覚はわからない。


探検するような気持ちで他の部屋を巡ると、大きなアイランド型キッチンや、ベッドルームが2つ、さらに書斎とクローゼット…等々、覚えきれないくらいの部屋がある。それから、マンションの中心部に大きなガラス張りのお風呂と、2つ並んだ洗面台があった。



「…お風呂の壁がガラスで、セレブは困らないのかな…?」

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