「父さん、私のことを騙したんですか」

ここは大手化粧品会社カサブランカの社内。いや、ギリその外かな。
目の前には怒れる男性あり。

旧財閥の秋葉家が所有するベリーヒルズビレッジのオフィスビルには、様々な一流企業がオフィスを構えている。
その8階から13階の6フロアを占めているのがカサブランカだ。

カサブランカを立ち上げたのは現会長の娘、秋葉陽子。その陽子の発案で、ビルの7階はちょっとした待ち合わせや、リフレッシュの為のフリースペースになっている。一角には、複数企業が合同で設立した保育室も設けられており、必然的に多くの人が行き交う場所だ。

その7階に、今私はいる。

本来、私の仕事は客先へ赴くことはない。けれど、今回は諸事情あってこうして足を運んできたわけだけど……

「とにかく、私はこれで」

目の前に座るのは、カサブランカの人事部長の南田と、同じくこの会社に勤めているご子息の純也。
一言目を交わした早々に、苛立ちを隠そうともせずに立ち上がる純也の手を、南田ががっしりと掴んだ。

「純也、とりあえず座ってくれ。人目もある。落ち着くんだ」

他人を気にするわりに、人の多いこの場を指定してきたのは南田本人だ。
就業時間を過ぎた今、座っている人こそ少ないが行き来する人の足は途絶えない。

純也が声を荒げたことで、チラチラと目を向ける人はいたけれど、基本、他人の些細なやりとりにそこまで興味を抱く人はいないのだろう。足を止める人はいない。