嘘吐きな王子様は苦くて甘い
「あ、あの石原君!行くってどこに…」

「保健室」

「え?でも私別にケガなんかしてないよっ」

やっぱり、さっきぶつかったところ見られてたんだ。

「嘘吐くな、アホ」

「う、嘘なんか吐いてないよ!」

「カバン」

「え?」

「持つ手がいつもと逆」

「あ…」

自分ですら、無意識にやった行動。旭君は今の一瞬で、気付いてくれたんだ。

「手首、やったんだろ」

「…」

「変に隠してんじゃねーよ、バーカ」

「…うん、ごめんね?」

「ほらさっさ行くぞ」

「うんっ」

素直に大丈夫?って言わないいつも通りの旭君がおかしくて。

思わずニヤニヤしちゃう頬っぺたを一生懸命引き締めながら、私は小走りで旭君の後ろをついていったのだった。







「日誌まで出してくれてありがとう、旭君」

結局、右手の軽い捻挫だけで済んで。保健室の先生にシップを貼ってもらって、今日は部活は休んで帰ることに決めた。

保健室で手当てを受けてる時も、家庭科部に休むって言いに行く時も、旭君は付いてきてくれた。あからさまに隣に居るわけじゃないけど、私のカバンを持って前を歩いてくれた。

「カバン、持てるのに」

「無駄に重いんだよこれ」

「そうかな?普通だよ」

「教科書なんか置いて帰れよ」

「それじゃあ勉強できないから」

「真面目か」

旭君はまた眉間にシワを寄せて、それ以上は何も言わない。

「旭君が気付いてくれて、嬉しかったなぁ」

ホントに、嬉しかった。

旭君はいつも、私のことをよく見てくれてる。

人より抜けてるところが多い私をリードしてくれて、それから「たまたまだ」って嘘を吐くんだ。

「…お前さ」

旭君が前を向いたまま、ポツリと呟く。

「何?」

「さっき」

「さっき?」

「手…いや、何でもねぇ」

「旭君?何?」

「何でもねぇって」

それから旭君は、何回聞いても言いかけたことは教えてくれなかった。
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