メレンゲが焼きマシュマロになるまで。
電車が急停車して、『安全確認をしています。』というアナウンスがあってからしばらく経つ。今日の授業は午後の4限のみだし、かなり早く出たので焦りはない。

大学4年生の9月中旬。夏休みが終わり後期の授業が始まったばかりだ。まだまだ夏の暑さのままだけれど、朝晩に秋の気配を感じられる日もある。

就職が決まり、残るはゼミと12月提出の卒論と、年明けにある口頭陳述試験のみだった。先輩によると口頭試験はゼミの担当教授ともう一人の教授と一緒にお茶を飲みながら提出した卒論について語り合う、というゆるい感じなので緊張しないでいいよ、とのことだった。

私は国際文化学部で、ゼミと卒論以外に必要な単位は昨年度までに取り終えていた。でもせっかく色々な学部がある大学に入ったのだからと、他の学科、学部の授業も履修していた。心理学、哲学、法学、経済学、自然科学など、全学部共通の一般教養として受けたものよりマニアックな授業は興味深かったし、卒論執筆の気分転換にもなった。

電車内は人が少なく立っている人はいない。向かい合わせで4人が座れるボックス席が並び、ドア付近にはボックス席と垂直方向、つまり窓に背を向ける方向の二人がけの席があって私はそこに座っていた。左の席に座る私の左側にはボックス席の背中部分の壁があり、右の席の右側にも壁があるので、半個室みたいな席だ。しかも通路を挟んで向かいにある二人席は空いているので視界に誰も入ってこない。

───ん?

なんだか隣に座る男性の様子がおかしい。ショルダーバッグやポケットなどに何度も手を入れて何かを探している。無表情ではあるけれどその動きからかなりの焦りが見てとれた。

年上と思われるけれど、服装や髪型を見るといわゆるビジネスマン風ではなかった。明るいベージュカラーの髪、服装も垢抜けていて美容師さんみたいな感じだ。今日は火曜日だしお休みなのかもしれない。

───わかった。お休みだから友達とか彼女と約束があるのに電車が止まっちゃって約束に遅れそうだから連絡したいけど、携帯忘れちゃったんだ。それなら・・・。

私は携帯のロックを解除すると彼に差し出した。

「あの、よかったら使ってください。」
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