氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
 綾が大学を出て新卒で入社したのは、株式会社十二建設という中堅の建設会社だった。
 
 綾は総務課で事務から社内の雑務、お客様対応まで様々な業務にあたっていた。
 忙しく、覚える事も多かったが基本的に真面目な綾は仕事に励み充実した日々を送っていた。
 上司や先輩たちにもそれなりに可愛がられていたと思う。
 
 やっと仕事にも慣れてきた2年目、綾に声を掛けて来たのが赤井充だった。
 彼は社長の次男で、当時は大阪支社から本社に戻って営業部の課長になっていた。
 
 気さくで男らしく、明るい雰囲気の彼にアプローチされ、それまで片思いどまりの恋愛しか したことがなかった綾は彼に惹かれ、誘われるまま付き合い始めた。

 社長の息子と総務の事務職の社内恋愛。赤井の意向で付き合っていることは隠していた。
 彼の立場から仕方が無いと思っていた。
『仕事が大変でも綾と一緒にいると癒される』なんて言われたら嬉しいし、我儘は言えないと思っていた。
 なぜかあまり会えないけれど、もしかしたらこのまま行ったら彼と結婚もあるのかもしれない。とまでぼんやりと考える位、彼の事が好きだと感じていた。
 
 振り返ってみると、男性とちゃんと付き合ったのが初めてだったから舞い上がっていたとしか思えないのだが。
 
 綾の初めての恋愛は半年を待たずに無残に散り去る事になる。
 
 突然、彼が婚約したというのが社内で発表されたのだ。
 相手は競合会社の令嬢だった。会社同士の事業拡大を視野に入れた政略結婚。
 
 赤井からはなにも聞かされていなかった。
 綾と付き合いながら見合いを受け、結婚が決まったのか。結婚が決まっていたのに綾に声を掛けて来たのか。
 その話自体信じられず問い詰めた綾に彼は事も無げに告げた。
 
『君といると癒されるけど、結婚しても僕のメリットにはならないんだ』と。
 
 赤井は次期社長である兄に劣等感を持っていて、今回の結婚を機に社内で自分の存在感を出したいと思っていた。
 呆然とする綾にさらに追い打ちをかけるように放った言葉に傷つけられた。
 『暫くは会えないけど、色々落ち着いたらまた声を掛けるよ』

 愛人になどなる気は微塵もなかったので、その場できっぱり別れを告げた。
 思えば彼にはっきりと物事を主張したのはその時が初めてだったと思う。
 
 ――家に帰ってから散々泣いた。綾は元来あまりくよくよ悩むタイプの人間ではないのだが、さすがに堪えた。
 彼からの仕打ちも辛かったが、初めての交際に浮かれて相手の本質も見抜けなかった自分自身もやるせなかったのだ。
 当時は実家暮らしだったので、泣きはらした顔を家族に見られないよう誤魔化すのが大変だった。
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