きみが空を泳ぐいつかのその日まで
「なんですか?これ」
「これね、さっき旦那さんから奪い取ったものなの。あたしより本に夢中だったから頭にきて」
「えっ?」
もしやそれで携帯……投げつけたんですか? なんて聞けないけれど、悪びれずに明るく笑うみどりさんを見ていたら、うすっぺらい胸がきゅんとせつない音をたてた。
旦那さんに振りむいてほしかったのかな、振りむかせたかったのかな。
後先考えずにそのページを破ってしまう衝動さえ、すべてが彼女に相応しいような気がした。
「しかも読みながらちょっと涙ぐんでるんだよ大人の男が。ドン引きじゃない?
試しにさっき読んでみたけど何でこのページで泣けるのかあたしには全然わかんなくって更にイライラしちゃって。でもそれはさ、彼の気持ちを理解できない自分に対してなのかもしれないね」
みどりさんは一気にまくしたてて最後に大きなため息をついた。
そっか、私もきっとそうだ。わからないことだらけで右にも左にも行けずにいる。
千絵梨や両親の気持ちどころか、自分がどうあるべきで、どうしたいのかさえわからなくて、ずっと苦しい。
「一度はゴミ箱に投げたんだけど、それじゃダメだって反省したの。ちゃんと新品を買って謝ろうとは思ってるんだよ。でもすぐには無理、彼にも反省してもらわないと。だから、戒めとしてちょっとだけ預かっててもらえないかな?」
「……私がですか?」
キョトン、だよね?
「そう。電話やメールなんかよりちゃんと繋がってる気がしない? 本屋にいく時も付き合ってほしいし。どうかな?」
彼女の明るい瞳のなかに、くっきりと自分の姿が見えた。
「私なんかで、いいんですか?」
「もちろん」
「さっき会ったばかりの他人ですよ?」
「そうだけど、また会いたいもん」
返事に困っていると、彼女は私の顔を覗き込んで目を細めた。
「だからさ、突然いなくなったりしないでね。あたし達はもう繋がってしまったんだよ」
彼女のその声が渇いた心にしみていくようで、戸惑いながらもそれをしっかり手のなかにおさめてしまった。
「受け取ったってことはもう友達だよね?あたしたち両思いってことだよね!」
「りょ、両思い?」
「ちょっとドラマチックだね」
この女性に流されすぎじゃないかな。でも隣にいるとなぜだか心地いいのが不思議。
「それ読んでみて? 途中のページだし裏と表しかないけど」
「いいんですか?」
「もちろん」
みどりさんは大きく息を吸い込んで、しっかり頷いてくれた。
アナウンスが電車がもうすぐホームに到着すると告げた。それはちいさな紙切れが、この手のなかで特別なものに変わった瞬間だった。
「これね、さっき旦那さんから奪い取ったものなの。あたしより本に夢中だったから頭にきて」
「えっ?」
もしやそれで携帯……投げつけたんですか? なんて聞けないけれど、悪びれずに明るく笑うみどりさんを見ていたら、うすっぺらい胸がきゅんとせつない音をたてた。
旦那さんに振りむいてほしかったのかな、振りむかせたかったのかな。
後先考えずにそのページを破ってしまう衝動さえ、すべてが彼女に相応しいような気がした。
「しかも読みながらちょっと涙ぐんでるんだよ大人の男が。ドン引きじゃない?
試しにさっき読んでみたけど何でこのページで泣けるのかあたしには全然わかんなくって更にイライラしちゃって。でもそれはさ、彼の気持ちを理解できない自分に対してなのかもしれないね」
みどりさんは一気にまくしたてて最後に大きなため息をついた。
そっか、私もきっとそうだ。わからないことだらけで右にも左にも行けずにいる。
千絵梨や両親の気持ちどころか、自分がどうあるべきで、どうしたいのかさえわからなくて、ずっと苦しい。
「一度はゴミ箱に投げたんだけど、それじゃダメだって反省したの。ちゃんと新品を買って謝ろうとは思ってるんだよ。でもすぐには無理、彼にも反省してもらわないと。だから、戒めとしてちょっとだけ預かっててもらえないかな?」
「……私がですか?」
キョトン、だよね?
「そう。電話やメールなんかよりちゃんと繋がってる気がしない? 本屋にいく時も付き合ってほしいし。どうかな?」
彼女の明るい瞳のなかに、くっきりと自分の姿が見えた。
「私なんかで、いいんですか?」
「もちろん」
「さっき会ったばかりの他人ですよ?」
「そうだけど、また会いたいもん」
返事に困っていると、彼女は私の顔を覗き込んで目を細めた。
「だからさ、突然いなくなったりしないでね。あたし達はもう繋がってしまったんだよ」
彼女のその声が渇いた心にしみていくようで、戸惑いながらもそれをしっかり手のなかにおさめてしまった。
「受け取ったってことはもう友達だよね?あたしたち両思いってことだよね!」
「りょ、両思い?」
「ちょっとドラマチックだね」
この女性に流されすぎじゃないかな。でも隣にいるとなぜだか心地いいのが不思議。
「それ読んでみて? 途中のページだし裏と表しかないけど」
「いいんですか?」
「もちろん」
みどりさんは大きく息を吸い込んで、しっかり頷いてくれた。
アナウンスが電車がもうすぐホームに到着すると告げた。それはちいさな紙切れが、この手のなかで特別なものに変わった瞬間だった。