カレシとお付き合い② 森君と杏珠



 その日、サエキさんが欠席だった。

 朝礼の後も来なくて、欠席と分かったらホッと肩の力がぬけた。
 周りの子達もヤレヤレってかんじ。
クラスが柔らかい雰囲気になった。
いつになく私語が増えて、私も気楽に近くの子と話せる。

 こんなに違うんだな、平和。
 
 人としゃべりながら、また、うっかり森君の方を見たら目が合った。
 

 にっこり。


 (! )
 とたんに、『正式に知り合い』って笑った彼を思い出す。
 
 あの時と同じ笑顔⋯⋯ 。
 
 いや、ないない。
 気のせいだよ!
 目があったと思っただけかも。
 
 なんか冷や汗か。
 よくわからないけど、汗出てきた。
 何してたか全然わからなくなった。

 
 でも、それからも、お昼までに10回ぐらい、目が合った⋯⋯ んじゃないか⋯⋯ 自意識過剰か、私⁈

 5時間目の体育の時間。
 
 今、たぶん、森君が隣に座ってきてると思う。
 
 ちょうど男子のサッカーは練習試合みたいなのしてて、森君は.いかにもサッカー部じゃない風情なのに、もう、さらっと上手くて⋯⋯ 。

 もうだめだ⋯⋯ 。

 私はこの人は当たりさわりなく接してくれてるだけなんだ、とか、
サエキさんと仲いいし、とか、
ちゃんと考えてたのに、もうどうでもいいぐらい泣けるぐらいにかっこいいと思って、
あー、ほんとに素敵な人だなー、とか1人で思ってしまってたところだった。

試合の終わった彼が、キラキラと歩いてる。

金粉が舞う、キラキラと、

歩いて、

えっと、歩いて、

(えっ⋯⋯ )
(どうして⋯⋯ )
(何があって? )

 真隣。
 
 私は体育座りをしていたので、膝の上の手にあごを乗せて、うつむいてしまった。
 どうしていいか分からなかった。
 
 あんなに気になる森君が、学校で急に近くに来て、そうしたら、どうにも出来なかった。
 
 全身が、隣の森君を意識している。
 
 見下ろされてる、と思う。
 
 視線を感じる。


「サッカーって、楽しいよね」

 
 すぐ近くで森君の声がした。
 私か?
 ほんとに私に話しかけてる?
 違ったら恥ずかしいよ?
 恐る恐る横を見上げたら、私だけを見下ろす森君がいた。
 か、顔がすぐ近く。
 森君の目が私を見ている。
 風が吹いた。
 彼の茶色い髪が揺れて、触れそうなぐらいに。
 森君が、


「サッカー好き?」


ってちょっと声のトーンを落として言った。
 何これ?
 甘い
 甘すぎる⋯⋯ 。
 『サッカー好き?』だって。
 でも。
 もう『好き』って単語、発音できないと思った。
 何も答えられなかった。
 ただ、息もせず森君を見ていたら、ふっ、と彼が笑った。
 優しくて、どうしていいか分からなくなって、彼の笑顔がそこにあって、
 
 にこにこ
 キラキラ
 
 森君が男子に呼ばれて、サッカーの方に行ってしまっても、私はその後、ずっと甘い雰囲気にのまれてしまって、キラキラと金色な非現実的な気持ちで、上の空だった。
  
< 19 / 68 >

この作品をシェア

pagetop