【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章

39 たぶん、キノコ狩りです



 抗い難い響きの低い声に、男の手が止まる。
 石畳の道の真ん中に立っているのは、花紺青の髪の美しい青年だ。
 ――クロードが、来てくれた。
 安堵とも歓喜とも言えぬ感情が、アニエスの胸に広がっていく。

「彼女に、触れるな」
「……何を」
 気圧されたらしい男の声は、明らかに上擦っている。
 ヤマブシターケのフサフサが視界を邪魔しているらしく、男が帽子のつばに手をかけて動かすと、クロードの眉間に皺が寄った。

「その帽子にも、触れるな」
「は?」
 男が呆気に取られて固まる。
 帽子をかぶっていない男達が視線を上に向けると、そこにはフサフサのヤマブシターケの上にササクレシロオニターケがそびえ立つ帽子がある。
 もう、ちょっとした真っ白キノコの楽園だ。

「……こんな帽子だったか?」
「妙な装飾だな。女の流行は、よくわからん……」
「何だ? 何があるんだ?」
「――だから、帽子に触れるな!」

 クロードの声に帽子の男は手を止める。
 男は指示に従ってしまったのが悔しいのか、不愉快そうな表情でクロードを睨みつけながら帽子のつばを持つ。


「目撃されていた、お嬢さんの連れか」
「だから、帽子に触れるな。汚れるだろうが」
「お嬢さんの持ち物を気にしている場合か?」

 男は嘲笑うようにそう言うが、クロードが気にしているのはアニエスの持ち物ではなくて、その上に生えたキノコだ。
 こんもりと生い茂った白いキノコが汚れるのが嫌なのだろう。
 アニエス救出というよりも、キノコ狩りと言った方がいいかもしれない。

 だが、これはチャンスだ。
 キノコで困惑している隙をついて走りだすが、次の瞬間、髪を引っ張られて男に引き寄せられた。
 何の役にも立たないどころか足を引っ張る髪に、苛立ちを覚える。

「あんまり暴れるなよ。せっかくの髪が痛む。価値が下がると困るからな」
 髪を引っ張られたせいで顔を上げられず、男の靴が視界に入る。
 靴いっぱいに群生するナメーコは、キノコの域を超えた粘液で艶々とヌメリ輝いていた。
 何故こんなにヌメっているのかはわからないが、キノコだって頑張っているのだ。
 アニエスも、負けてはいられない。

「下がるも何も、こんな髪! 価値なんてありません!」

 アニエスは体を捻ると、男の股座めがけて拳を振り下ろす。
 幼少期から散々男性に髪色で絡まれた結果、習得した必殺技だ。
 その後何となく手が不愉快という欠点を除けば、攻撃力は折り紙付きである。

 久しぶりの攻撃だったが上手くいったらしく、男はその場にうずくまって動けなくなり、残り二人も何やら顔が引きつっている。
 とりあえず男達が固まっている間に離れると、すぐにクロードが駆け寄ってきた。

「アニエス、大丈夫?」
「はい。手が不愉快なだけです。わざわざすみません」
 右の拳を掲げて見せると、クロードの顔が引きつったが、キノコの変態にそんな顔をされる謂れはない。

「無事なら良かった。……なら、行こうか」
 掲げた右手にそっと触れられたせいで、黒い手袋に黒褐色のキノコが生える。
 ビロード状の傘は、オオクロニガイグーチだろう。
 同色だと目立たないので、今後もこの方向で生えてくれるといいのだが。


「待て! そのお嬢さんは置いていきな!」
 白いキノコを頭にかぶった男が、他の二人に支えられながら立ち上がって叫んだ。
 あの一撃を食らってすぐに立ち上がるとは、敵もなかなか手強い。
 あるいは、久しぶりだったのでアニエスの腕が鈍ったのだろうか。

「だから、薬草なんて知りません。それよりも、帽子を返してください」
 キノコが生えて珍妙な姿になってしまったが、あれでもアニエスのお気に入りだ。
 これから平民生活をするにあたって使用するつもりなので、諦めたくはない。

「帽子はどうでもいいが、お嬢さんはこっちに来てもらおう」
「どうでも良くないです」
「そうだ、そんな立派なキノコが生えているのに!」
 キノコの変態が何か叫んだが、聞かなかったことにしよう。

「……は? ふざけるなよ。その桃花色の髪は高く売れる。何なら切り落としても良かったが、思った以上に美人だからそのままの方が売れそうだしな」
 キノコ帽の男の言葉に、アニエスの緑青の瞳が輝いた。

「――売れる? 売れるんですか、この髪! いくらですか?」

「は? そりゃあ、珍しいし綺麗な色だからな。この国ではあまり好まれないが、周辺の国では貴重で価値のある色だ。普通の黒髪の数倍から数十倍にはなるだろうな」
「本当ですか!」

 女性は髪を長く伸ばすべきという風潮があり、貴族は特にそれが顕著だ。
 そのため、不慮の事故で髪が短い場合に隠したり、ちょっとした気分転換などでつけ毛の需要はそれなりにあると聞いたことがある。
 だが前述の通り女性にとって長い髪は重要なので、需要に対して供給が少なく、概ね高価だ。

 一般的な黒髪ですら高価なのだから、その数倍数十倍となればかなりのものではないか。
 忌まわしい髪が、まさかそんな高値で売れるとは。
 それならば、平民新生活の資金として申し分ない。
 しかも、ヴィザージュ王国以外ならば、嫌われることはないということか。


「……これは、国外に移住して髪を売るのが最適ということですね」
「ま、待てアニエス。それは駄目だ!」
 慌ててクロードがアニエスの両手を包み込むように握り、その拍子に手袋にオオクロニガイグーチがポンポンと追加で生えていく。
 やはり、目立たない色合いは素晴らしい。

「ご安心ください。契約終了まで、あとひと月もありませんし、任期はまっとうします」
「違う、そこじゃない」

「ああ、キノコですか。……では、最終日に心ゆくまでキノコを差し上げます。餞別キノコです」
「本当か! ――いや、そうじゃなくて。国外だなんて駄目だ。それに髪を切るなんてとんでもない」
 キノコに食いついた変態は誘惑を振り切るように頭を振ると、アニエスに訴えてきた。

「平民は短い髪の子も多いので、大丈夫ですよ。それに、短い方が面積が減って目立ちにくくなりますし」
「違う、そういうことでもない」
「――こっちを無視するな!」
 キノコ帽子の男が叫びながら炎の塊を投げつけてきた。

 ――魔法だ。
 普通に生活しているとあまり見ることのないそれに、アニエスはぼうっと見入ってしまう。
 接近して熱を感じる頃にようやく危険なのだと気付いたが、既に遅い。
 だが、アニエスの目の前に迫った火の塊は、クロードの手の一振りで弾け飛んだ。


「……え?」
「この野郎!」

 何が起こったのかわからないアニエスの前で、キノコ帽子の男は更に火の塊をいくつも投げつけてきたが、そのすべてがクロードの手で弾かれた。
 弾かれた炎の一部は荷馬車に積み上げられた木箱に引火しており、焦げ臭いにおいがあたりに広がる。

「街中で火を使うのは危険だ。それに、もう少し威力を上げるかコントロールを磨くかしないと、宝の持ち腐れだぞ」
「何を!」
「例えば、こんな風に」

 クロードがまっすぐに手を伸ばすと、ゆらりと空気が揺れた気がした。
 次の瞬間、男達の服に幾筋もの亀裂が走る。
 まるで鋭利な刃物で切られたようなその亀裂から肌色が覗き、遅れて一筋の血が滲み出す。
 同時に、男達が腰につけていた剣が剣帯と共に石畳の上に転がった。
 恐らく風の力なのだろうとは思うが、あまりのことに男達とアニエスは言葉を失って固まる。

 その時、アニエスの視界に急に光の玉が現れ、何かを訴えるように激しく点滅した。




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【今日のキノコ】
ヤマブシタケ(「キノコの感度が上がっています」参照)
軟らかい白い房状の無数のとげを丸い形に垂らした食用キノコ。
地味に生え続け、ついに帽子のつばを超えるまでに成長したフサフサの装飾。

ササクレシロオニタケ(「話しかけないでください」参照)
白い傘に白いイボを持ち、柄にささくれがある毒キノコ。
全身美白したベニテングタケという見た目。
クロードが来て少し安心したが、油断することなく警戒中の監視キノコ。

ナメコ(「可愛いという、心のない言葉」参照)
赤褐色の傘とヌメリを持った、群生が得意な食用キノコ。
アニエスを助けようとヌメリ続け、ついに男の靴に完全勝利を収めた。
靴は菌床としての第二の人生を送り、来年には美味しいナメコが生えてくるだろう。
……でも、食べたくない。

オオクロニガイグチ(大黒苦猪口)
黒褐色のビロード状の傘を持ち、肉は傷つけると紅変し黒変するという変身キノコ。
ニガイグチの仲間にしては苦くないらしい……キノコの勇者が「利きニガイグチ」をしているようだ。
クロードへの「助けに来てくれてありがとう」と、「うちのアニエスが迷惑をかけてごめん。でも、もう少し早く来て」という要望の間を取って、「苦いけれど食べられる」キノコが献上された。

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