【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章

48 竜の血と番

 

 満たされた気持ちになったアニエスは、何となく外の空気が吸いたくなってバルコニーに出た。
 手入れされた庭園は月明かりの下でもその美しさが陰ることはない。
 夜風が気持ち良くて伸びをしていると、何やら話し声が聞こえる。

 どこぞの誰かの逢瀬を邪魔するつもりはないので、会場に戻ろうとした時、声の片方に聞き馴染みがあることに気付いた。

「……クロード様?」
 確かに、クロードの声が聞こえた。

 目を凝らしてみると、庭木の隙間からクロードと女性が何やら話している姿が見える。
 女性の黒髪はクロードの花紺青の髪とも雰囲気が合っているし、月光を浴びて絹糸のように輝いていた。
 アニエスもあんな髪色だったら、人生が違っていただろうか。

 女性の顔は見えないが、楽し気に笑っているのはわかる。
 クロードもまた、はにかんだ笑顔を女性に向けていて、二人が親しいのは一目でわかった。
 何となくぼうっと見ていると、風に乗って途切れ途切れに声が届く。

「……会いたい、から……」
「それは……」
「……だって……(つがい)だもの……」

 女性の言葉に反応したクロードは、庭の奥へと行ってしまった。
 風向きも変わったので、もう何も聞こえない。


「番……」

 確かに、そう言っていた。
 あの女性が、そうなのだろうか。
 そう言えば、以前になんとか公爵令嬢と親しいと聞いた気がするが、彼女のことかもしれない。

「クロード様は竜の血を引く、王族……」
 いつ番が現れるか、わからないのだ。
 いつ要らないと言われるのか、わからないのだ。

 アニエスはキノコのためにそばにいて女性除けをする契約なのだから、クロードに相手が出来ればお役御免だ。
 ……キノコだけは納めろと言われる気は、しないでもないが。

 わかりきっていたことなのに、急に心に靄がかかっていく。
 さっきは心地よかった夜風が、何だか冷たく感じ始めた。
 その瞬間、ポンという軽快な音と共に、アニエスの足元に黒い塊が現れた。

 大理石状の模様を持ち小さな突起が無数にあるそれは、セイヨウショウーロ……トリューフだ。
 滅多に生えない高価な食用キノコだが、何故このタイミングで生えたのだろう。
 そっと拾い上げると、そのまま胸元の矢車菊とブローチの間に挟み込む。
 
「……とりあえず、戻りましょう」
 会場に向かう足取りは、いつになく重かった。



「見つけたぞ、アニエス」
 今もっとも会いたくない人物で三本の指に入る男が、そこに立っていた。
 会場に戻ったアニエスを出迎えたのは黄褐色の髪の元婚約者、フィリップだった。

「探される覚えはありません」
「大体なんだ、その髪と化粧は。髪はまとめて、化粧はするなと言っておいただろう」
「あなたに関係はありません」
 今はフィリップの相手をする気分ではない。
 まあ、そんな気分はそもそもないが、それにしても今は関わりたくない。

「……アニエス、おまえ良く効く薬草を育てているらしいな。あの気味の悪い精霊の加護とやらを使っているのか?」
 アニエスがまともに取り合わないことに気付いたのか、話題を変えてきた。

 フィリップまでもが知っているということは、アニエスの薬草栽培は周知されていると考えた方がいいだろう。
 これは、本格的に納品量を考えなければ、アニエスは薬草農家として生きていくことになりかねない。
 個人的には悪くはないが、伯爵家としては微妙だろう。

「フィリップ様には、関係のないことです」
「公爵が手放しで褒めている。子供の熱が下がらず難儀していたところに、夢のように良く効いたと。……そういうことができるのなら、もっと早くからやれ」
 フィリップのいつもの勝手な上から目線に、カチンときた。

「気味が悪いからやめろと言っていたのは誰ですか。それに、もうフィリップ様と私は無関係の他人です。話かけないでください」
「そんなことはない」

 そんなことしかないから言っているのに、本当に話が通じない。
 へなちょこ王族の勘違い浮気野郎に使う時間がもったいないので立ち去ろうとすると、フィリップは大袈裟にため息をついた。


「俺には番の証とやらは出ていないが、理由がわかった」
「はい?」

「番を得ると、他の女性を愛せなくなる。だから、俺には出なかったんだ。……アニエス、おまえのために」
「……はい?」
 いよいよ何を言っているのかわからず首を傾げると、フィリップは得意気な顔でうなずいた。

「サビーナが俺の運命だ。だがアニエス、おまえもまたそうだ。だから、証が出なかったんだ」
「何ですか、それ。薬草を作ってお金を稼ぎつつ、愛人になれとでも言いたいのですか?」

「厭われる髪色を持つおまえがそういう目で見られないように、髪を隠して地味にするよう俺が促してやったんだぞ」
「勝手なことを言わないでください」

 だから愛人になって稼げとは、ふざけたことを言ってくれる。
 大体、サビーナがそれを許容するとは思えないが、ちゃんと話してあるのだろうか。

 ……いや、それはないだろう。
 何と言っても、フィリップはへなちょこ王族で、勘違い浮気野郎。
 自分のことしか考えていないのだ。


「お話はそれだけですか。では、失礼します」
「その花の色、クロードの髪の色だろう? それに、クロードも胸にキノコの飾りをつけていたと噂になっている。おまえの物とお揃いか?」

 図星を刺されて、アニエスの動きが止まる。
 へなちょこのくせに、そういうところだけは気が付くらしい。

「あいつは王位継承権二位の王子だぞ。厭われる髪色を持ったおまえが一緒にいられると思ったか? お揃いのキノコをつけたくらいで、いい気になるなよ」
「そんなこと、思っていません。それに、私だって好きでつけているわけじゃありませんから」

 クロードにとってのアニエスは、キノコ発生装置で、契約相手なだけだ。
 契約だから一緒にいただけだし、その契約だって今日で終わり。
 もうすぐ顔を合わせることすらなくなる間柄である。

「……なら、クロードがつけさせているということか」
 何故かフィリップの眉間に皺が寄っていく。

「――あいつは、既に番を見つけているはずだ」
 その一言に、アニエスの肩がびくりと震えた。



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へなちょこ野郎によるノー・キノコデーをなんとかかわして、キノコをお届けします。

【今日のキノコ】
セイヨウショウロ(西洋松露)
大理石状の模様を持ち、小さな突起が無数に見られる塊状のキノコ。
いわゆるトリュフで、三大珍味にも数えられる高級食用キノコ。
アニエスの心が乱れたのを心配して「良かったら食べて。売ってもいいよ」と慰めるために生えてきた、心優しく懐にも優しいキノコ。
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