昭和懐妊娶られ婚【元号旦那様シリーズ昭和編】
「慣れてもらっては困る。こんなに血が出て痛いだろう? 伊織、車」
 森田さんは短髪の男性に命じると、手に持っていたハンカチを歯で素早く引き裂く。
 その綺麗な容貌とは違う男らしい仕草にドキッとした。
 彼はハンカチの切れ端を私の足の親指に丁寧に巻いて手当てをする。
「これで血は止まるだろう」
「すみません。なんだかいろいろお世話になって。あの……さっきいた伊織さんという方は?」
 気になって質問したら、彼は微かに口角を上げた。
「俺のお目付け役といったところかな」
「はあ。お目付け役ですか?」
 そう相槌を打つが、ふたりの関係性がよくわからない。
 でも、森田さんが伊織さんに命令する関係。普通のサラリーマンではなさそう。
 それに、見た目に反して動きが機敏だし、メガネも度が入ってなかったような気がする。
「ひょっとして国の特殊任務に就いているスパイとか?」
 女学校時代、外国の小説を読み漁っていたこともあり、そんな妄想が頭に浮かんだ。
「スパイではないが、いい線いってる。……その指輪」
 
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