年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
【エピローグ】Side 幸景
【エピローグ】Side 幸景
 
 
AM七時。

僕は妻の「おはようございます、幸景さん」の声で目を覚ます。
ゆっくりと瞼を開けば、朝日の中で煌めく璃音の笑顔。先週僕がプレゼントしたばかりのオレンジ色のエプロンが、よく似合っている。

「朝ご飯、できてますよ」

そう言って弾むような足取りで璃音が出ていった廊下からは、ほのかに出汁のいい香りがする。味噌汁だろうか、温かな朝食の予感に体が空腹を覚えた。

「おはよう、璃音」

顔を洗い身支度を整えてダイニングキッチンへ入ると、テーブルには彼女の作った食事が並んでいた。
中央にあるのは氷水を張った大きなガラスの器、中身は……素麺。それぞれの席の前には色とりどりの薬味と、カツオから取ったと思われる麺つゆ。それから……野菜サラダと焼き鮭。

璃音が我が家の食事を賄うようになってから一週間。とても個性的な献立にもだいぶ慣れてきた。むしろ今日は和食よりなのでいささか平凡な方だ。

「さあ、召し上がれ」

席に着くとミルクポットからグラスにミルクを汲んでくれた。前権撤回。あまり平凡ではなかった。

よく冷えた素麺をひと口啜った僕に、向かいの席から璃音が「おいしいですか?」とドキドキした様子で尋ねる。
その姿が可愛くて、「もちろんおいしいよ。茹で加減も冷たさもちょうどいいし、つゆも出汁が効いている」と手放しで褒めれば、彼女は「よかったぁ」と満開の花のような笑顔を見せた。

嘘はついていない。実際、璃音の料理の腕前は大したものだった。義祖母様と義母様の仕込みが良かったのだろう、料理の基礎はプロ並みに叩き込まれていて出汁の引き方も魚の捌き方も完璧だ。
味ももちろんいいし、盛り付けも美しい。栄養も考えられている。

ただ……センスという点においては、かなり個性的であることは否めない。朝食がお好み焼きと煮豆とクラムチャウダーだったときが一番驚いた。

けれど、そんな独特のセンスさえも璃音の新しい一面を知れた僕にとっては、喜びでしかなかった。
しっかりものに見えて少しだけあるズレたところが、人間味溢れていて素敵だとさえ思う。

もちろん、この摩訶不思議な組み合わせのメニューにも不満はひとつもない。美味しいし栄養バランスもいい。そして何より、璃音が僕のために心を籠めて作ってくれているのだから。

「ごちそうさま。おいしかったよ。どうもありがとう」

朝食を食べ終え手を合わせれば、璃音は席を立ち、キッチンへ行ってからランチバッグを持って小走りで戻ってきた。

「これ、今日のお弁当です。いっぱい食べてお仕事頑張ってくださいね」

可愛らしいクマのイラストがついたランチバッグを受けとり、「ありがとう。お昼が楽しみだ」と微笑む。チラリと中を覗けば、丸いランチボックスの上にアイシングクッキーの小袋が載っているのが見えた。どうやらおやつ付きのようだ。

家事を璃音に任せるようになってから知ったのだが、どうやら彼女はアニマルモチーフのような可愛いものが好きなようだ。
今までは子供っぽいと思われたくなくて、表に出さないようにしてきたらしい。
〝本当に好きなもの〟を隠さず見せてくれるようになったことに、僕は喜びを感じる。それだけ心が近づいた証拠だ。

璃音が掃除をするようになった部屋には、彼女好みのインテリアも徐々に増えてきた。
リビングのソファーにはフワフワした動物のぬいぐるみが置かれるようになり、気がつくとスリッパが動物の顔になっていた。モノトーンだった僕の書斎にも、先日からアヒル親子の人形が住み着いている。

そして僕は今日も、イタリア製オーダーメイドのスーツとミスマッチなファンシー感溢れるランチバッグを持って出勤する。
そのミスマッチさに送迎のリムジンの運転手が目を瞠ったのも、初日だけのことだ。
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