精霊たちのメサイア

9.ヴァレリー侯爵家

9.ヴァレリー侯爵家


この世界に自動車や飛行機はない。交通手段といえば基本馬を使う。だから王都まではそれなりに日にちがかかると思っていたけど、その日のうちにあっという間に着いてしまった。

この世界には画期的な乗り物はないけど、魔法がある。その魔法の研究も進んでいるらしく、転移石というものがある。今回は領地に設置されている転移石を使って王都まで来た。転移石は基本主要都市に設置されているらしいが、お父様が王都まで直ぐの方がいいと言って、私財を使って作ってしまったとのこと。

(飛行場ないと不便だ!って事で作っちゃったみたいなノリよね?)

とても大きなお家で使用人もいるくらいだから、かなり裕福なお家だとは思っていたけど、ヴァレリー家にそこまでの力と財があるとは思ってなくて、驚きを通り越して少し引いてしまった。

王都の転移石から移動して大きな門で検問を受けて街へ入った。

馬車の中から外を見ていたらテンションがどんどん上がっていく。


「え!?」

「レイラお嬢様?」

「あの耳が生えてるのって……」

「あれは獣人族です。 獣人を見るのは初めてですか?」

「初めて!」

「アガルタ王国では普通に生活しておりますが、他国では獣人を奴隷の様に扱う者もおります。 そのせいで獣人の中には人族を良く思っていない者もおりますので、関わり合いになる時にはお気をつけ下さい」

「わ、分かった」


サラに説明されて少し怖くなった。奴隷なんて身近な話じゃなさすぎてピンとこないけど、イメージは良くない。

それにしても王都は華やかだ。家の側の街よりも、女の人たちのドレスが華やか。貴族かそうじゃないかは見ただけでわかるけど、貴族じゃない子たちのワンピースも可愛らしいものばかり。

(やっぱりこの世界は女性が私服でズボンを履く事ってないんだな)

やがて馬車が止まった。

扉が開いて従者の手を借りて降りた。目の前の大きなお屋敷を見て思わず口が開きそうになる。住んでるお屋敷よりもなんだか豪華。


「父上! 母上! レイラ!」


玄関に入ると直ぐに出迎えてくれたのはアロイス兄様だった。少し後ろには赤毛を夜会巻きの様に一つに束ね、深紅に所々白のレースがあしらわれたドレスを来た女性が立っていた。


「お義父様、お義母様、お久しぶりでございます。 お元気でいらっしゃいましたか?」

「あぁ、元気だったよ。 マリエルも元気にしていたかい?」

「はい、変わりなく過ごしております」

「マリエル、話していたレイラだ。 レイラ、私の妻のマリエルだ」


突然の紹介に内心慌てた。


「初めまして、レイラ・ヴァレリーです。 宜しくお願いいたします」

「初めまして、私マリエルと申します。 どうかあまり畏まらずに、肩の力を抜いてちょうだい」

「は__」

「レイラ!? 声が出る様になったのか!?」


マリエルさんへの返事を思いっきりアロイス兄様に遮られた。

(私の声のこと、お父様たちから聞いてたんじゃないの?)

お父様とお母様の顔を見ると、悪戯が成功した子供の様に無邪気な笑顔を浮かべていた。わざと黙ってた様だ。


「はい、無事に声が出る様になりました」

「そうか、それは良かった」


本当に心配してくれていたのか、安心した様な顔をされどういう顔をすればいいのか分からなかった。


「アロイス、立ち話よりも先ずはお部屋へご案内したら?」

「あぁ、そうだな」


案内してもらった部屋はお父様たちのお部屋の隣だった。アロイス兄様のお家なんだけど、隣にお父様たちがいると思うとそれだけで安心感が増す。


「もっと楽なワンピースに着替えちゃダメかな?」

「本日はどちらにもお出かけになりませんので、お着替えいたしましょうか」


ドレスは着慣れなくて直ぐに脱ぎたがる私に、サラはいつも「しょうがないですね」と言わんばかりの顔をする。サラからは覚悟をしといて下さいよと言わんばかりに「舞踏会やパーティーなどで着るドレスはもっと窮屈ですからね」と言われた。

楽なワンピースに着替えてサラが淹れてくれた紅茶で一息ついた。この世界に来てからは基本的に紅茶ばかり飲んでる。

ドアをノックされ返事をするとお父様とお母様が顔を出した。紅茶を飲みながらうとうとしていたら、思いの外時間が経っていたみたいだ。皆んなで移動したお部屋に沢山の椅子に囲まれた大きなテーブルがあった。

アロイス兄様とマリエルさん、そして知らない男性と男の子。


「お祖父様、お祖母様、お久しぶりです。 それと、はじめまして。 レイラ叔母様…とお呼びした方が宜しいですか?」


きっとこの人が長男ね。


「初めまして。 歳は私の方が下ですし、どうかレイラとお呼びください。 それから、敬語も不要です」

「それでは遠慮なく、レイラと呼ばせてもらうよ。 レイラも私のことはテオと呼んでくれ。 敬語も必要ない」


私の緊張が伝わっているのか、テオはそれをほぐす様に微笑んだ。私もそれに応え口元を緩ませた。


「っ!?」


突然足元をぎゅっと掴まれ驚いた。


「僕はジュリオだよ!」


私の足に抱きついたままジュリオは顔を上げてニカッと笑った。生え変わりの頃なのか、穴の空いた口元が更に可愛らしい。

膝を折り、ジュリオと視線を合わせた。


「初めまして、私はレイラよ。 宜しくね」

「うん!」


ジュリオは私の手を引き、自分の隣の席へ案内してくれた。本当にここに座っていいのか分からなくてお父様の顔を伺った。笑って頷いてたので座って大丈夫なんだろう。


「ジュリオはレイラの事が気に入ったみたいだな」


アロイス兄様の楽しそうな声にホッとした。それにマリエルさんも私がジュリオと仲良くするのは嫌がっていない様だ。疎まれる事の方が多かったからか、人との距離感が未だ測りきれない。

食事をしながらジュリオはずっと話しかけてくれる。みんなはそんなジュリオの話を全て聞く必要はないと笑いながら言うけど、流行っている遊びや、好きなお菓子の話、どれもこの世界に来たばかりの私には新鮮な話ばかりで、聞いていてとても楽しかった。虫の話をし始めた時には流石に「食事中だからやめなさい」とマリエルさんに怒られてしまったけれど、ジュリオはシュンッとしたのは一瞬ですぐに違う話をし始めた。





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