精霊たちのメサイア

21.傷だらけの獣人

21.傷だらけの獣人


馬を走らせ森の中を駆け抜ける。カラッと晴れた日で感じる風は気持ちがいい。今日は馬車じゃなくて馬に乗っての移動だから久しぶりのパンツスタイルにテンションが上がる。やっぱり足が自由に気にすることなく動かせるのは楽でいい。


「レイラお嬢様! 少し休憩致しましょう」

「うん!」


我が家の騎士団_エクレール騎士団のマルケス副団長に提案され、休める場所で馬を止めた。数名の騎士団は手際良く軽食の準備をしてくれた。


「このスープとっても美味しい!」

「レイラお嬢様と森に行くと言ったら料理長が張り切って作ってくれました」

「それなら料理長にも何かお土産を見つけて帰らないとね」

「それはきっと喜びます」


料理長にもお花を少し摘んで帰ろうかな。調理場には飾れないだろうけど、食堂とかお部屋だったら飾れるよね。


「目的地まではあとどのくらい?」

「もう少しですよ。 お身体は辛くありませんか?」

「えぇ、大丈夫。 いい運動になってるよ」

「もし辛くなったら直ぐに仰って下さいね」

「マルケス副団長、お気遣いありがとう」


今日はキャロディルーナというお花を摘みに少し離れた東の森へやってきている。数年に1度発見されるかどうかというとても珍しい花だそうだ。そのキャロディルーナがこの森の丘あたりにあるようだという情報はお父様が仕入れてきた。本当はお父様が直接出向きたかったみたいだけど、先日足首を捻挫してしまって暫く乗馬はダメだとお医者様に言われてしまったので代わりに私が行くことにした。もうすぐお母様の誕生日だから、そのプレゼントとしてキャロディルーナを渡したいって言っていた。

それにしても、本当にお父様をこさせなくてよかった。馬車じゃ無理だし、乗馬も普通の道とは違うから体がしんどい。実はお尻も痛い。

また私たちは馬に乗り、走り始めた。東の森の丘ってだけで場所分かるの?って思ってたけど、どうやら鳥の従魔を使って事前調査してるから問題なく分かるようだ。


「凄い……」


丘に着くと、あたり一面お花が敷き詰められている。でもどれも咲いていない。花びらが閉じている。


「これから咲くのかな?」

「キャロディルーナは月明かりの元でしか花弁を開きません」

「とってもロマンチックなお花なんだね」

「満月の日にキャロディルーナを持ってプロポーズをする人もいるくらい、ロマンチックな花ですよ」

「それは素敵ね! 傷を付けないように、気を付けて取らなきゃね」


騎士団のみんなに手伝って貰いながら、根を傷つけないよう慎重に入れ物に花を入れていった。よくこんな固いところに根を張ったなと思うくらい、掘るのが大変で難しかった。力尽くでやってしまうと根を傷付ける恐れがあるし、力が弱すぎるといつまでも終わらない感じだしで、少し時間がかかってしまった。一通りの作業が終わった頃には日が傾きかけていた。

作業を終えて立ち上がって背伸びをすると腰と背中が伸びて気持ちよかった。


「レイラお嬢様、そろそろ動かないと夜になってしまいます。 夜の移動は危ないので少し急ぎましょう」

「っ__!」


マルケス副団長越しに離れた場所で信じられない生き物を見つけてしまった。頭の中が真っ白になる。

声が上手く出なくて、指を指すとマルケス副団長や他の団員たちも視線を向けた。騎士団たちはすぐさま腰に差している剣の鞘に手を伸ばす。


「あれはジャイアントブラックベアです。 音に敏感でとても凶暴な魔物です。 私の合図があるまで音を立てずに居てください」


かろうじて聞き取れるくらいの音量で説明してくれたマルケス副団長に口を開かず小さく頷いて見せた。

最近東の森の物騒な魔物は討伐されていなくなったって言ってなかった!?

数頭のジャイアントブラックベアは四足歩行で静かに歩き、キャロディルーナを乱暴に引きちぎり貪り始めた。するとけたたましい雄叫びをあげ始めた。体にピリピリとした何かが走る。


“まりょくー”

“食べてるのー”

“どういう事!?”


突然周りにいた下級精霊の声が頭の中に聞こえた。


“ルーナはえいよーいっぱーいー”

“元気になるー”


そうか……せっかく咲いても魔物が直ぐに食べてしまうから、中々市場に流通しないんだ。

騎士団がジャイアントブラックベアと交戦するなか、突然突風が吹いた。私が手を広げたよりも大きな鳥が数羽上空から現れた。


「レイラお嬢様! 馬に乗ってお逃げ下さい!」


マルケス副団長の大きな声で我に返った。走り出そうとしたら鳥の魔物は大きな羽を羽ばたかせ、風に煽られる。どんどん風が大きく強くなり、身体が揺らぐ。

騎士団とジャイアントブラックベアの戦いに大きな鳥まで加わってもうぐちゃぐちゃだった。

っ!?


「きゃああぁああぁあああぁあ!!!!」

「レイラお嬢様!!!!」


一際大きな風に吹き飛ばされた。差し出されたマルケス副団長の手を掴むことができず、私の身体は空中に投げ出された。

空はどこまでも遠かった。






****************


パチパチ……小さな聞き慣れない音。ゆっくり目を開けると、真っ赤な炎が目に入った。焚き火?

私、崖から落ちたんじゃなかった……?


「風でーふわーってー」

「みんなで頑張ったのー」


どうやら風の下級精霊たちが助けてくれたみたいだ。


「みんなありがとう」


身体を起こすと全身筋肉痛みたいだった。


「騎士団のみんなは!?」

「勝ったー」

「そっか…良かった。 私の居場所をマルケス副団長に伝えてほしいんだけど、お願いできるかな?」

「いいよー」

「ありがとう。 落ち着いたら私の家か精霊の森に来てね。 お礼にお菓子を作るわ」

「やったー」


そう言って精霊たちは直ぐに行ってしまった。

一人洞窟のような所に取り残されて、急に恐怖が襲いかかってくる。震える身体を自分で抱きしめた。いざとなればアルファの加護があるからきっと大丈夫。それに精霊たちが騎士団を連れてきてくれる。


「よかった、目が覚めたんだね」


背後から声をかけられてバッと振り返った。

まだ幼さくみえる男の子……その子は数匹の魚を腕の中に抱えている。

炎の前に座ると置いている棒に起用に魚を刺していく。そして焚き火の周りに立てていく。

炎に照らされた男の子の姿を見て息を呑んだ。耳は人とは違い頭の上で三角に尖り、お尻のあたりには細長い尻尾も見える。


「……獣人族?」

「あ、うん……そうだよ。 嫌かもしれないけど、あのまま外にいたら危ないからここまで運んだんだ。 朝になったら僕出ていくからお姉さんは落ち着くまでいたらいいよ」

「い、嫌だなんて思ってない! 助けてくれてありがとう!」


泣きそうな顔で笑う男の子の手をギュッと握った。

よく見るとこの子傷だらけ……。

“傷を癒せ”


「わっ! 凄い! お姉さん治癒士なの!? 僕治癒士に初めて会ったよ!!」


目を輝かせる男の子は可愛かった。


「私は治癒士のレイラ。 あなたのお名前は?」

「僕はビルヒリオ! ビルって呼んで!」

「ビルはどうしてここに? 獣王国とアガルタ王国は離れてるはずだけど……」


他国での獣人族の扱いは酷いって聞いてたけど、ビルの服装的に奴隷には見えないし……。


「ここはアガルタなの!? そっか…そんなところまできてたんだ……」

「どういうこと?」

「気付いたら攫われてしまっていて……なんとか逃げ出してここにたどり着いたんだ」


ビルの話だとお家で寝ていた筈が、目を覚ますと荷馬車に乗せられていたらしい。誘拐事件じゃない!


「レイラは? 何があったの?」

「私はお花を摘みに来てたんだけど、魔物に襲われてしまって……崖から落ちちゃったの」

「え!? あの上から落ちてきたの!? 怪我がないなんて奇跡だよ」

「精霊が助けてくれたの」

「レイラは精霊と契約してるの!?」

「んー…そんな感じかな?」

「凄い! 凄い! いいなぁー、獣人族は精霊と契約できないから羨ましいよ」

「え!? 何でできないの!?」

「あはは、レイラは珍しいね。 この世界の人は誰もが知ってる事だと思ってたよ」

「ごめん、今勉強中なの……」


礼儀作法やマナーや国の事だけじゃなくて、他国のことも交えて教えてもらった方がいいのかも。


「獣人族は身体能力が人族よりも優れているけど、その代わり魔力量が少ないんだよ。 だから簡単な生活魔法は使えても、精霊と契約できるほどの魔力はないんだ」


ビルと焼けた魚を食べながら、他愛もない話をしていたら私たちはいつのまにか肩を寄せ合って眠ってしまっていた。そんな私たちを明け方見つけてくれたのは、傷だらけの騎士団たちだった。






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