「それにしても、いつの間にかあやめが仕事辞めて花屋継いでたなんて。びっくりだよ」

「まぁ、子供もできて結婚した時だったし、いい機会だったから」

「いや、高校時代『氷の女王』と呼ばれ軒並み男を振りまくってたあやめが、授かり婚したのもびっくりだけどさ……」



今でもあやめは、黒く長い髪がよく似合う整った顔をしており、ひいき目なしに見ても美人だ。

それは高校時代から変わらず、校内から他校まで多数の男子にモテていたけれど、どれも淡々とした口調でバッサリと振っていた。

そんなあやめが、仕事を辞めて結婚して子供も産んで花屋まで継いで……。人生なにがあるかわからないものだ。



驚きながら再びコーヒーをひと口飲む私に、あやめはこちらへ視線を向ける。



「それを言うなら凛だってそうでしょ。勤めてた出版社、辞めたなんて知らなかった」

「まぁ、つい先日のことだからまだ誰にも言ってなかったんだけどさ……」



そう、かくいう私も先日人生の大きな転機を迎えたばかり。

新卒で入ってからずっと勤めていた大手出版社を、退職したばかりなのだ。

フリーのフォトグラファーとはいいながらも、仕事がなければただの無職のようなもの。

先行きが不安なことから、住んでいたマンションも引き払い実家へ戻ってきた。



「会社辞めてマンション引き払ったってことは、今は実家にいるの?」

「そう。母親からは『早く再就職して実家出ていきな』って煙たがられてるけど」



私が実家に戻って以来毎日のように口酸っぱく言う母の顔を思い出し、私は渋い顔になった。

するとそこへ、お店のドアからシルエットがふたつ現れる。



「たらいまぁー!」

「ただいま、配達行ってきたよー……って、あ!噂のあやめのお友達!」



それは、初めて会うあやめの旦那さんと娘の花乃ちゃんだ。

黒いエプロン姿に茶色い髪の旦那さんは、花乃ちゃんをだっこしたまま私を見てぱっと表情を明るくする。