惡ガキノ蕾
    ~イントロダクション~
 ──四月。
中学校の卒業証書を、黒い筒の中へと永遠にしまい込んでからはや一月。新居をバックに記念写真よろしく、あたし、双葉、きむ爺と三人が並ぶ。スマホを弄くっていた一樹《いっき》がタイマーをセットし終えて走り戻ると、あたしの隣で声を揚げた。
「はい、チーズフォン…デュ!」
どんなタイミングだっちゅうの!?澄ましてた顔が崩れるのにもお構い無しにスマホがシャッターを切る。「変な風に写ってたら一樹のせいだかんね!」と噛みついたあたしの頭をグシャグシャに掻き回して、一樹が桜の木の枝元に据えられたスマホを取り上げた。
 乱れた髪を指ですいて風に吹かせていると、後ろからその頭をぽんぽんと優しく撫でて脇を抜けて行った双葉が一樹の手にしたスマホに顔を寄せる。そんなあたし逹のそばで、柔和な春の陽射しの中に煙管《キセル》から立ち上った煙りを遊ばせているきむ爺。
 家の敷地の三分の一を占める駐車場の隅、逸る《はやる》気持ちを押さえられず、今にも綻びそう《ほころび》そうな蕾逹をな宥《なだ》めながら立つ櫻の老木。その老木の懐に背中を預けて、今日から暮らす新居をもう一度眺めて見る。
 流れて来た煙りの薫りに、まだ幼かった頃の記憶を起こされて、温もりに包まれていた遠いあの頃へあたしはゆっくりと還って往った。
     
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