俺様な幼なじみは24年前の約束を忘れない

しかし、日が傾き始め、そろそろヤバイかもと思い始めたときに、『香子!莉子!』と遠くで声が聞こえた。

タタッと走り出て、
『こっちだよー!!』と叫ぶ。

晃介君の声だ!
私は密かに晃ちゃんに憧れていたので、嬉しくなって、
『晃ちゃーん!』と叫んだ。

私が呼んだのにも関わらず、
『香子!大丈夫かっ!』
と言って、晃ちゃんは私を見向きもせずに追い越すと、座り込んでいる香子の元に駆け寄った。

『足が痛くて歩けないの。』
ホッとしたのだろう。再び香子は泣き出した。

『もう大丈夫。』
晃ちゃんは安心させるように、ニッコリと笑った。

『さあ、おぶってあげるから、背中に乗って。凌介、香子を背中に乗せて!』

気づけば、晃ちゃんの後ろから凌ちゃんが来ていた。

凌ちゃんは手伝って、香子を背中に乗せてやる。

『大丈夫か?』
香子の背中を撫でてやっていた。

晃ちゃんはサッと立ち上がると、スタスタと歩き出した。

その時、初めて私の姿に気づいたように、『莉子も行こう。』と言った。

私はそれまで、一連の流れをぼうっと眺めていた。

中学三年生になる晃ちゃんは、私たちよりずっと大人だ。
そのたくましい背中におぶさる香子は本当に安心した様子だった。

首に腕を絡めて、
『晃ちゃん、ありがとう…』とはにかんでいる。

それを見たとき、胸がぎゅっと掴まれるような気持ちになった。

晃ちゃんは五歳年上で、本当に頼れるお兄ちゃんだった。
いつも穏やかで優しく、多少のわがままは「しょうがないな。」と笑いながら許してくれる。

その上、容姿も整っていて、私たちはいつも「晃ちゃん、大好き!」と口ぐせのように言っていた。
ただ、それは兄に対する親愛の情のようなものだ。

でも、今は、感じたことのないモヤッとした想いが沸き上がる。

この気持ちはなんだろう。

晃ちゃんが、私に見向きもせずに香子の元に走り寄ったのが悲しかったのか。

それとも、晃ちゃんに心配される香子に嫉妬したのか。

ごちゃごちゃの気持ちを抱えて、突っ立ったまま動けなくなる。

『このバカ!!』
凌ちゃんに怒鳴られて、ビクッとした。

『なんで助けを呼びに来なかったんだよ!お前は普通に歩けるだろ!』

『だって、香子が一人で待つのはイヤだって言うから…』
震える声を必死に押さえながら言う。

『すぐに戻るからって言い聞かせたらよかっただろ!どんだけ探し回ったと思ってるんだっ。』

『ごめんなさい…』小さな声で謝った。

凌ちゃんは、晃ちゃんと違っていつも不機嫌だった。
香子には優しいのに、私のことは「バカ」「のろま」などと呼び、意地悪をする。

なるべく関わらないようにしていたが、この時の凌ちゃんは本当に怒りに満ちた顔つきで、いつも以上に恐かった。

『ほら、早く行くぞ。』
不機嫌そうにそう言うと、私たちが散らかしたままの写生道具に手を伸ばした。

「私が片づけるからいいっ!凌ちゃんは先に行ってて!」

凌ちゃんから守るように、写生道具を手で隠す。

『さっさとしろよ。のろま。』
怒ったままの顔で、凌ちゃんは別荘の方に向かって行った。

なんで凌ちゃんはあんなに怒るんだろう。なんで晃ちゃんは私に気づかなかったの?

整理できない気持ちを抱え、のろのろと片づけた。

帰りたくないな。

二人分の写生道具と描き終わった絵を持って、別荘にとぼとぼと帰って行った。

別荘では、母が香子の手当てのために走り回っていて、そばで父もオロオロしていた。

恵理子さんだけが帰ってきた私に気づき、ぎゅっと抱きしめてくれる。

『莉子ちゃん、よかった…』

『心配かけてごめんなさい…』
小さな声で謝ると、堪えきれない涙がポロっと一粒こぼれた。

『いいのよ。莉子ちゃんもがんばったわね。
あら!莉子ちゃんも怪我してるじゃない。』

恵理子さんが、私の膝を見て言った。

実は、香子が動けなくなった時、私はなんとか一人で連れて帰ろうとしたのだ。
晃ちゃんと同じように、香子をおんぶしようと思ったが、立ち上がれず、前に倒れてしまい、その時に膝を擦りむいてしまっていた。

自分でも怪我のことなどすっかり忘れていた。


恵理子さんが優しく消毒をして、絆創膏を貼ってくれる。

その優しさにホッとしたことだけが、この旅行の思い出になった。
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