1分で読める初恋短編集
17:横顔
 ただ、なんでもない存在だと思っていた。
 同じ美術部にいて、時折言葉を交わすだけの関係。
 思春期という名前のよそよそしさ。
 男女という壁に隔てられたコミュニケーション。
 お互いを意識したことがバレたら、冷やかされる対象になる、恐怖。

 だから、お互いを意識しないで「ただそこにいるだけの存在」にして過ごす。
 そうしてきたはずだった。

 けれど。

 あの日、彼が先に美術室で絵を描いている時に不意に見てしまった真剣な顔が目に焼き付いた。
 一心不乱に自分の絵だけを見つめる彼は、いつもの彼ではなかった。
 そこには私がいないようだった。
 いいや、私だけじゃない。
 世界に、彼と目の前の絵しかないんじゃないかと思ってしまうぐらいの眼だった。

 そこに私がいないのが、ショックだった。

『ただそこにいるだけの存在』

 それが許せなかった。
 あの人の視界に入りたかった。
 あの人に私を感じてほしかった。

 私はその感覚に戸惑った。
 でも、不意に気付いた。

 これが恋なのだと。
 そして、同時にこうも思った。

 ああ、なんて苦しい感情なのだろう。
 そして、温かいのだろう。

 まだ絵を描き続ける彼の横顔を見ながら、私は今芽生えた自分の気持ちに戸惑い続けていた。
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