哀しみエンジン
この嫌な空気の漂う空間から、逃げ出す様に飛び出した。
外の空気が、無駄に旨く感じる。
そして、足早にグラウンドへと向かう。
俺はずっと、気が付いていた。
今、出てきた部室に唯一1人だけ、居なかったことに。
あの嫌な空間を誰よりも嫌い、誰よりも練習熱心な人。
いつでも、あの人は誰よりも早く、ストレッチや自主練を始めている。
「服部先輩」
俺の声で、先輩がストレッチの体勢のまま振り返る。
「直江、お疲れ」
「さすが、早いですね」
「さすがにあんな所、1秒でも居たくねぇし。お前もそうだろ?」
「はい。あいつら、やる気が無いなら、とっとと辞めてほしいです」
俺も先輩の隣に並んで、ストレッチを始める。
俺の返しに、乾いた笑いを漏らした先輩は、悲しそうに見えた。
「今まで何度も注意してはいるんだが……無駄みたいだな」
「そんな。諦めてるんですか」
「いや──」
先輩が動きを止める。
その視線は、何を捕らえているのか、分からない。
ただ地面を見つめている、ように見える。
そして、視線はそのままに言った。
「諦めては、ねぇよ」
しばらくの沈黙が流れる。
先輩は何かを考えているようだったし、俺は地面を見つめるだけの、先輩の強い目力に圧倒されていた。
「直江」
「はい」
「お前はくれぐれも、あいつらに口出すなよ」
「……何で」
俺が口答えすると、先輩は困ったように笑う。
「直江は強いな」
「そうでもないですけど」
「いや、強いよ。でもな、お前は止めてくれ」
「だから、何で! 見てるだけで腹が立って……」
「分かる。それは、よく分かるよ。……あのな、先月も注意したとき、掴み合いの喧嘩になったんだ」
「そんなの上等ですよ」
力んで返す俺を、静かに見たままで、また黙る。