販売員だって恋します
「ほら、あの会社とか……まだ残ってお仕事してるんですよー。僕らは美味しいご飯を頂きましょう。」
おどけてそんなことを言うから、つい由佳は笑ってしまう。

「由佳さんはワインは飲まれますか?」
席に着くと神崎が、ワインリストを見ながら、由佳に聞いてくれた。

けれど由佳は特にワインに詳しい、という訳ではない。
「はい。でもあまり詳しくないです。」
「僕が選んでいいですか?」
「お任せします。」

「では、最初はスパークリングで乾杯しましょうか。」
「はい。」
神崎は由佳に、とても気を遣ってくれているのが分かる。

確かにこんな風に優しくエスコートされたら、女の子は勘違いしてしまうだろう。

私はこの人の大事な人なのではないか……と。

けれど、はっきり言っていた。
そういうのと、結婚は別なんだと。
由佳にはその気持ちが、少しだけ分かる。

育ってきた環境からか、好きな人ができても、この人は『くすだ』にふさわしいんだろうか…とふと思ってしまうことがあるからだ。

あの、静謐な空間に置いて、たじろがず、呑まれず、自分を持っていられるんだろうか。
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