友達作りは計画的に
入学

出会い

「カズ~
あんた、まだネクタイに苦戦してるの?
お母さんがやってあげよか?
クククククッ」


「急かすな!
もうちょいで出来るって!」



イベント事が大好きな母は自分は出席はしないが息子の高校入学式を喜び何かと理由を付けて部屋に入ってきては追い出され、既にこのやり取りも数回目になっていた



『何回邪魔しに来れば気が済むんだよ……本当にイベント事になると毎回無駄に張り切るよな
しかしネクタイは結べたけど長さはこれでいいのかな?』



そんなおせっかいな母に対して恥ずかしさもあり素直に言えずに馴れないネクタイを苦戦しながらも何とか結び終え、今日から高校生としての第一歩の仲浦高校のブレザーの制服に袖を通し部屋から出てきた岡崎一成を母はマジマジと見てため息混じりに微笑んだ



「ぅ~ん バランスが……もうちょい短くてもいいかもね
でもまぁこんなもんでもいか
て言うかさ~ あれだけ練習しときなさいって言ったでしょ~
本当にあんたの『もう出来る』は信用ないわ
まっ、でもこれでやっと高校生だね!」


「え~ そんなに長いか?
そもそもネクタイは結び方が複雑すぎるからダメなんだって
う~ん これが毎日か……超面倒……」


「あんたが学ランの高校の特待生の誘いを蹴って自分でここを選んだんでしょうが!
ネクタイなんて何回かやれば慣れるから文句ばっかり言ってないでさっさと行きなさい」


「だってさ……やっぱ学ランよりブレザーの方が良くない?
しかもまだ時間には超余裕あるから全然余裕だし」



予定より少し時間は掛かったが着替えて終えて気持ちに余裕の出た岡崎は、お節介でよく喋る母といつものようなやり取りをしながらも自分の姿を玄関の姿見鏡で見るとニンマリとして家を出た



4月とは言え朝晩はまだ冷えるのでブレザーの上にジャージを羽織り新生活への期待と不安が募る気持ちで自転車を漕ぎだした

電車通学になるので、初日から満員電車は嫌だった岡崎は通常の登校時間の一時間近く前に家を出ていた


駐輪場から最寄り駅となる大倉駅を見ると予想より人が少なく閑散としていて、本当に今日が入学式なのかと不安になってしまうほどだ



『人少なっ……毎日これくらい空いてたらなぁ
まぁ入学式の日は部活をやってる所も少ないらしいから明日からは人も増えるんだろうけど……今日は誰か知ってる人いないかな?
満員電車は嫌だけど知り合いに誰も会わないのは寂しいな
やっぱりもうちょっと遅くした方が良かったかも……
誰かいてくれ~』


そんな事を思いながら自転車を停めて駅に向かって歩いていた



「岡崎君~ 待って~
久しぶり~っ」


タッタッタッタッと後ろから走る足音と共に聞き覚えのある女子の声で呼ばれて振り向くと、そこには一時期好意を持っていた中3の時に同じクラスだった伊東が笑顔で駆け寄ってきていた



「お~ 伊東さん、久しぶり
入学式なのに早いね」


別の高校に進学した彼女は高校近くのお店で部活で知り合った友達にモーニングを食べてから行こうと誘われていて早くに来たようだが、彼女も駅前が閑散としていた事に不安感が出たが、駅に向かって歩く岡崎らしき後ろ姿を見つけホッとして追いかけてきたらしい



「登校前にお店で何か食べるってやってみたかったんだよね
それより私どお? 
制服似合ってるかな?」


彼女は少し息切れをして照れながらもポーズをとって聞いてきた

元々好きだった事もあり、真新しい高校の制服はいかにも新入学生っぽいが、中学では校則で禁止されていた眉毛も少し剃って形を整えて軽く化粧をした彼女は幼さが消えて大人びて見えた

元々化粧っけがなくても可愛い彼女のそんな姿を岡崎は見惚れるようにして「ぅ……うん、可愛い」とボソッと返すと彼女も照れ笑いをしながら笑顔になった


「エヘヘっ 良かった
岡崎君も似合ってるよ
仲浦高校だったよね?
がっちりして肩幅もあるから学生服よりブレザーの方が似合うね
こっちの方がしっくりきてるよ」


「そっかな? ありがと
でもさ、ネクタイが超難しくてメッチャ苦戦した……
毎朝やらないといけないって思うとちょっと嫌」


「アハハッ 頑張れ!
でも自分でやったんでしょ?
エライじゃん
ちゃんと出来てるよ~」


彼女は岡崎のネクタイをチョンチョンッと触りながら「ふふ~んっ 似合うよ」と言ってニコッとした



『ぬあぁっ やっぱり伊東さんは可愛い~っ!
この笑顔が大好きだ』
 


明るくてよく笑う女の子が好きな岡崎は朝から彼女の笑顔を見れて気分が一気に上がっていた



そのまま彼女と話ながら駅に着いたがやはり乗客は少なく、他にも誰かと会えるかと思いきや顔は知っているが話した事もない先輩や、おそらく他の中学出身者の顔も知らない人ばかりしかいない



地元中学の一番の最寄り駅は隣の谷町駅なのだが、岡崎の家は学区でも隅の方にあるので谷町駅より大倉駅の方が断然近いので大倉駅で定期券を作っていた

先輩の話ではこっち方面の人は結構大倉駅も使うらいし事を言っていたのでこの人の少なさには期待を裏切られた感もあり予想していた賑やかな駅前での旧友との再開はなく、彼女と二人きりで話せた事は何よりも嬉しかったが少し物足りなさもある門出となった



「伊東さんと会えたのは良かったけど、この時間でももっと誰かに会うかと思ってたんだけどな……」


「そうだよね 私ももっと他に誰かいるかと思ってたんだよ~
結局岡崎君としか会わなかったけど久しぶりにいっぱい話せて私的には良かったよ
なかなか会えないだろうけどまた見かけたら声かけてね」



過去に好きだったとは言っても現在は嫌いになったわけでもなく、中学の時に伊東に彼氏が出来たような噂が流れていたが本人ははっきり否定も肯定もしないので岡崎からも確認はしないまま月日は流れていた

真実を聞けない自分にもどかしさはあるが、たとえ彼氏はいないとしても岡崎と付き合ってくれるのかと考えると可能性はごく僅かにあるかないかといったところだ
告白する勇気すらなかったし、告白をしたとしても断られて今後また出くわした時に変に避けられるよりはこの良好な友達関係を継続したいと思って再び質問したい気持ちを飲み込んだ



『今後三年間はこの駅を使うからまたいつ会うかもわからないし、お互いに変な空気になるよりはこのままでいいよ……』



しかし、そんな彼女からの言葉に嬉しさと諦めの複雑な気持ちで「うん そうだね」と一言だけ返事を返した




大倉駅の路線は入れ替わりで電車が来る単線の比較的小さな駅で、伊東の通う高校は逆方面になるので彼女とはそのままホームまで二人で話ながら行き、先に彼女の方向の電車が来て乗ると振り返って笑顔で手を振ってきた


「また同じ時間になったら話そうね
またね~」


「うん じゃあね」




入学式の日という事でテンションも上がり希望に満ちた笑顔の伊東とは対称的に、気分はいいが比較的冷静なおは笑顔の彼女の手前ニコニコとした笑顔で伊東を見送った
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