とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 席に着いて少しして、滝川からメッセージが来た。今やっと仕事が終わったそうだ。約束を破って申し訳ないとひたすら謝る文章が書かれていて、美帆は気にしなくていいと返事した。

 滝川と映画に行けなかったことは残念だが、またいくらでも機会はある。それよりも気にしないで欲しかった。

 幸か不幸かこうして時間を無駄にせずに済んだわけだし、そんな時もあるだろう。

 しかし奇妙だ。あの津川と一緒に映画館にいるなんて。しかも二人で映画を見ながら仲良く同じポップコーンをつつくなんてまるで恋人みたいだ。

 もちろん、津川に恋愛感情なんてないが、シチュエーションだけならそうだ。

 いくら美帆だってちょっとは緊張していた。食べようと思っていたポップコーンも、なんとなく食べづらくなるくらいには。

 だが、映画を観終わった後。あかんあかんと言いながらグスグスしている津川を見て一気に現実に引き戻された。

「……そんなに悲しかったんですか」

「あかんねん。俺ああいうのあかんねん……なんであそこで死ぬねん……」

 泣いているのはモロバレだが、津川は恥ずかしいのか手で視界を覆って隠している。

 動物モノを選んだ時点で結末はなんとなく想像していた。美帆ももちろん悲しい結末だと思ったしうるっときたが、津川ほどではない。

 意外とこういう感動モノに弱いのだろうか。あの津川がべそべそしていると、不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。

「津川さんも悲しいと思うことあるんですね」

「なんやねん。俺だって悲しいぐらい思うで」

「だって、なんだか意外で」

「杉野サンやってそうやろ。受付嬢がポップコーン片手でむしゃむしゃ食べながら映画なんか見いひんで」

「受付嬢は関係ありませんよ。映画見るときは誰でもそうじゃないですか」

 せっかく和やかに映画を見ていたのにまたつまらない争いが始まる。それでも、前みたいにイラついたりはしなかった。

 イキイキしていると、沙織は言っていた。そうかもしれない。あまり意識していなかったが、津川と一緒にいると素の自分が出てくる。

 それは多分、受付嬢らしからぬ自分だ。今までイメージ違いだと言われてきた自分。

 御曹司の割に津川は気取っていない。思っていたより庶民的で、気を使わなくてもいい。だから気が楽なのだろうか。

 ────まさか私津川さんのこと……いや、ないない。それは絶対ない。

 映画館を出て二人で施設の中をぶらぶら歩く。目的は果たしたし用事も終わったが、なんとなく帰りましょうと言いづらい雰囲気だった。付き合わせてしまった手前、申し訳ないと思った。津川もそこそこ楽しんでいたが。

「あの……今日はありがとうございました」

「うん? ああ、俺こそありがとうな」

「滝川さんには私からフォロー入れておきます」

 一言言うと、さっきまで笑っていた津川の顔が急に真顔になった。なんだか場の空気が変わった気がした。

「……あのさ」

「はい?」

「杉野サンは、なんで滝川と映画観に行こうとしたん」

 津川の目はなんだか真剣だ。もしかして、自分が滝川のことが好きだと思っているのだろうか。だが、津川がそんな顔をする意味が分からない。

「それは……別に深い意味なんてありません。ただの気分転換です」

「じゃあ、俺が誘っても来た?」

 言葉と瞳に気圧されて美帆は一瞬たじろいだ。

 いつもみたいに冗談めかして言ってくれればいいものを、どうしてそんな目をするのだろう。

 なんだか嫌だ。その瞳に気圧されている自分も。こんな時にボケてくれない津川も。

「なんで私が津川さんと出かけなきゃならないんですか。これっきりに決まってます」

「相変わらず毒舌やな」

 いつものように拒絶すると、津川はさっきまでの真剣さなど嘘のように笑った。その顔を見ると、なんだか酷く津川を傷付けたような気持ちになった。

 こんなことはいつも言っているのに、どうして今は後悔するのだろう。

 さっきまでの時間が楽しかったからだろうか。

 それとも、「何かの芽」を自分で潰してしまったからなのか。
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