素敵な日々
  
何をするにもうまくいかない。

ああ、今日ももう終わってしまう。

また今日も。

今日もうまくいかなかった。

同じミスを2回もして先輩に怒られてしまった。

張り切って取った電話は保留ボタンを押し忘れてそのまま切ってしまった。

夜読もうと思っていた新刊の本もロッカーに置いてきてしまった。

いつもより早めに乗れた帰りの電車が人身事故で遅延して、帰路についたのはいつもより1時間も遅かった。


嫌な1日だったな。

慣れないヒールに脚が悲鳴をあげているのもわかるし、明日は筋肉痛確定だ。

はああ、と大きなため息をついてしまう。

今日の出来事に対してのため息ではない。

このため息は自分に対する呆れだ。

いつからだろう。

嫌なことばかりに目が行くようになってしまったのは。

一度ネガティヴになってしまった思考は止まることを知らずに、どんどん嫌なことを思い出す。

昨日も、一昨日も、嫌なことばっかりだ。

明日も嫌なことがきっとあるんだ。

真っ黒なスマホの画面には精一杯背伸びをしたひどく滑稽な自分がいた。

その時ぱっとスマホの画面が明るくなって自分の姿が見えなくなる。

通知はお母さんからのものだ。

「今日もお疲れ様!
あんまり夜更かししないで早く寝るんだよ!
おやすみなさい。
ママより」

ありきたりなメッセージだ。

でもそのありきたりは胸のつっかえを通り抜けてすっと心にしみる。

ああ、私は今すごく不安なんだ。

初めての仕事に一人暮らし。

何もかも新しい環境。

4月から1ヶ月間、がむしゃらに頑張った。

スーツ姿で颯爽と歩く姿に憧れてヒールでの歩き方だって練習した。

先輩に笑顔が素敵ねって言ってもらえたのが嬉しくて、ずっと笑顔でいようと努めた。

でも本当は不安な気持ちでいっぱいだった。

気軽に話せる同期もまだいない。

そんなモヤのかかった心は日々の生活にフィルターをかけてしまったのかもしれない。

悪いことばかりに目がいってしまって、いいことはすっかり忘れてしまっていた。

そういえば、今日は先輩から怒られただけじゃなくて褒めてもらうこともあった。

いつの間にか落としてしまった定期入れを同じ駅で降りた高校生が拾って追いかけてくれた。

なんで忘れてたんだろう。

日々の嫌なことに気を取られて日々のいいことに気づけなくなっていたんだ。



しばらく何もしなかったせいでスマホの画面がまた暗くなる。

真っ暗な画面にはもう背伸びをしたあの子はいない。

代わりに少し幼い表情をした、懐かしい自分がいた。

「ありがとう!
ママもゆっくり休んでね!
おやすみなさい!」

送信ボタンを押してベッドに入る。

ああ、今日はいい1日だったなって思いながら。


明日からは素敵な日々が待っている。
< 1 / 1 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop