「当直明けだってのに、今日も可愛いかったよなぁ、鈴ちゃん。あのツンとしたところが堪んないんだよなぁ」

「バカだなぁ。いくら可愛いーからって、院長のコレだろ? 眺めておくだけしとかねーと、手出したらやばいんじゃねーの?」

「イヤイヤ、あの院長だったら大丈夫だって。しっかり者で怖い副院長(外科医の奥さん)にバレたらマズいだろうしさぁ」

「あぁ、まぁ、そうかもなぁ。あの院長ならチョロいかも。俺もちょっと狙ってみようかなぁ」

「フンッ、お前なんて相手にしてくれるかよ」

「お前もな」

「なら、賭けてみるか?」

「望むところだ」

 ただでさえ当直明けで睡くてしょうがないから早く帰りたいっていうのに……。

 嫌な話題を耳にしてしまい、残ってた気力も体力も一気に消耗した気がする。

 引き継ぎ後にちょっと気になることがあって調べ物してたらそのまま寝落ちしてて、気づいたら翌日の昼前だし。

 そりゃ夢中になってた私もいけなかったとは思う。

 けどなにも、どうやら昼食をとろうと院内のレストランに向かっているらしいチャラい外科医の輩に遭遇させなくてもいいんじゃないだろうか。 

 まぁ、でも、身に着けているロイヤルブルーのスクラブとは似ても似つかない、くっだらない小競り合いを始めたおバカ連中をざっと見渡してみた限りでは、あの男の姿はないようだからいいけどさ。

 あの男、今一番逢いたくない男ナンバーワンの窪塚圭。

 ちょうど一週間前、私のことを無理矢理セフレにしておいて、ラブホなんかに置き去りにした男だ。

 ーーあー、もう、思い出しただけでも腹が立つ。

 あの男のことは意識からポイッと放り出しておくとして、今、私がどういう状況に置かれているかというと。

 当直明けで重たい身体を引きずって更衣室へ向かおうとしていた私、高梨鈴は、都内にある、ここ光石《みついし》総合病院の壁一面を覆った大きな窓から春の柔らかい陽射しが降り注ぐメインストリートを闊歩する数名の若い男性医師たちに見つからないように、大きな柱の陰に身を潜めているところだ。

 まず、ここ光石総合病院は、昭和初期に開業され意外と歴史も古く、大学病院とも太いパイプを持っており、急性期病棟も併設されている比較的規模の大きな市中病院だ。

 私は、ここで内科専攻医として働いている。

 内科専攻医というのは、かいつまんで言うと、医大を卒業して二年間の初期研修期間をついこの前終えたばかりの内科専門医になるために、あと三年修行が必要な医者のことだ。

 大学病院の医局に属すよりもこちらの方が症例も多いということで、ここ光石総合病院で初期研修期間からお世話になっている。