そんな落合先生も去年現役を引退し、奥様と共に鎌倉へと引っ越した。

 老後はのんびりと時間を気にせず穏やかに過ごしたいと、ずっと夢だった海が臨める場所に新居を構えたのだ。

 何度か訪問もしているが、都会の喧騒から離れた心身ともに癒される場所だった。

 現在は必要があれば今回のように東京まで出てくる生活を送っている。


「聡子さんはその後、元気か」

「どうでしょうか……気丈に振る舞っていますが、実のところは俺にもわかりません」


 久しぶりに一緒に小料理さとに行ってみようと落合先生に提案された道すがら、聡子さんとその娘である都築さんの話題が上がった。

 少し前に落合先生が東京に出てきた際、聡子さんのお店に奥様と共に立ち寄ったという。

 そのとき、娘の結婚が決まっていたこと、しかし、当日に突然の破棄となり、相手の男には別に自分の子を身ごもった女性がいたことを娘が告げられたと話したという。

 その後、転落事故に遭い、俺が診たことまでセットで聞いたと落合先生は言っていた。

 その話をしながら、聡子さんはぽろぽろと涙を流してしまったという。

 営業中に、自分の身の上話で客に涙なんか見せるつもりなかっただろう。

 それでも我慢できず泣いてしまうような精神状態だったということだ。