埃を吸った電子ピアノの蓋を開く。




「どうして学校やめるのか、ってきかないんだな」

 ジィンに手渡されたのは地下のスタジオに続く鍵。扉を開くとそこには誰かを待っているかのようにぽつねんと佇む電子ピアノ。
 わたしが鍵盤に指を乗せるのをぼんやり眺めながら、柊が口を開く。

「お金がないから、でしょ」

 ジィンが教えてくれた。彼の母親が体調を崩して毎日仕事に出られなくなったから、彼が代わりに働くことになったって。歳の離れた弟たちのために。家計を削ってまでピアノを学ばせてくれた母親のために……ピアノを弾くことが義務になってしまったわたしとは大違い。最初の頃は、パパと一緒にピアノを弾くのが楽しくてたまらなかったのに……そのことに気づいたわたしは、首を傾げる。
 どうして柊がやめなきゃいけないんだろう。お金がないから学べない、なんておかしい。だけど、それが現実。
 柊はわたしの隣に座り、鍵盤で応える。
 芸術家はお金がないんだ、って言っていた柊。あれは、シューベルトじゃなくて、自分自身のことを言っていたのかもしれない。