未だ寒さが残る長野県軽井沢町、四月上旬。
 昨晩遅くに空気を湿らせた水気のある雪は積もることもなくすでに止んでいて、いまは柔らかい朝日が顔を出している。
 澄み渡った春の空を仰ぎながら、庭先で洗濯物を干すのは気持ちがいい。わたしはカゴいっぱいに入ったベッドシーツをひろげながら、久方ぶりにのぞいた晴れ間に感謝していた。

「おはよう、ねね子」
「旦那様、起きていらっしゃったのですか!?」
「なんだか今日は調子がいいみたいでなぁ」
「で、でも安静になさってくださいね」
「わかっているさ。それにしても、ずいぶん様になったのう」
「いまのわたしにできることは、これくらいしかありませんから……」
「心配しなさんな。いつかまた、大勢のひとの前でピアノを弾ける日が来るさ」

 音大を卒業するまで洗濯機の使い方すら知らなかったわたしに、夫は苦笑しながらも機械の操作を教えてくれた。それ以来、通いの家政婦にすべてを任せることもせず、ファブリックの類の洗濯はわたしの仕事のひとつになっている。