樹が北海道に来て三日目のお昼前。
二階の南向きの大きな窓のある部屋に樹は駆といた。
かつて、自分が短い夏を過ごした部屋だ。

 台風一過の青空が広がっている。牧場の緑と空の青が溶け合う彼方に
一筋の飛行機雲(コントレール)が続いて行くのが見えた。
ぐんぐんと白い線が伸びて行く先頭に銀色に光るジェット機が微かに見える。
駆も気になるのか、腕を精一杯伸ばしてその白線を掴もうとしている。


 樹は、牧場の入り口から母屋に続くアプローチを眺めていた。
駆はご機嫌で樹の腕に抱かれている。
彼は女性の抱っこより、父親の抱っこがお気に召したらしい。
おそらく安定感もあるし、視界も広く高くなるからだろう。
樹は駆の背を時々撫でながら、彩夏の車が見えるのをひたすら待った。

 牧場の入り口方向から、小さくジープとコンパクトカーが見えてきた。
ぐんぐんスピードを上げて、母屋に近付いてくる。
母親の車がわかったのだろうか、駆が
「ママ、ママ。」
と、車を指さしている。

 車が母屋の正面に着いた。久保田やスタッフ、彩夏が降りてくる。
薄いピンクのシャツに紺のパンツ姿だ。2年前の記憶より痩せた気がする。
その姿は、直ぐに玄関の中に消えていった。
同時に、階下から大きな声が聞こえてきた。

「お帰りなさーい。」
「お帰りなさい、ご無事でよかった~。」

何人もの声が重なっている。
彩夏の声も聞こえてきた。ひたすら謝っている様だ。

「パーパ」
連れていけとでも言うように、駆が樹の腕をパンパン叩く。

「ママに会いに行くか。」

樹は駆を抱いたまま、階段に向かって歩き始めた。