誘惑の延長線上、君を囲う。
店舗の最寄り駅のコインパーキングに車を駐車しているので、可能ならば届けて欲しい……と思い聞いてみたが、時は既に遅し、出勤してしまったそうだ。詳しくは聞かなかったけれど、財布はどこにあったのだろうか?私はいまいち働かない頭で考えてみる。リビングのソファーに座って、ソファーの横にバッグを立てかけるように置いていた。思い返せば、日下部君の自宅を出る前にバタバタしていて、バッグに足が引っかかってしまい、中身が少し出てしまって慌てて中にしまった。きっと、その時に違いない……!

トントンッ。入口側のショーウィンドウを軽快に叩く音が聞こえた。お客様かな?まだオープンしてないのだけれど?

入口側の扉を開けて、「開店までもう少々お待ち下さいませ」と言ったら、そこには日下部君が立っていた。

「……置いて行っちゃったから困ってるかな?と思ったけど、探してもなかったんだな」

日下部君はズカズカと入って来て、休憩室の扉を開けて椅子に座った。

「く、日下部君!?出勤しちゃったんじゃなかったの?」

私は日下部君の後を着いて行き、会話を続ける。

「出勤?したよ。今日は偶然にも外回りと店舗周りの日だから直行直帰」

「来てくれるなら、さっき電話で言ってくれたら良かったのに!」

日下部君はしれっとした言い方で、表情一つ崩さない。慌てているのは私だけだ。

「……言ったら、面白くないでしょ?佐藤が驚く顔が見たかったから」

「あ、悪趣味だよ、そんなの……!」

日下部君は私の事を手玉に取ったようにニヤニヤ笑っている。何の連絡もなしに来ないと思っていた人が来たら、それは驚くでしょ?

「……隠してるんだ、首元」

日下部君が座っている椅子の前に立っていた私は、前のめりになる。日下部君が手を伸ばし、私の首元のハイネックの中を覗き見したからだ。グイッとハイネックに指をかけて引っ張られ、体制を崩し、日下部君に寄りかかる体制になった。

「……っ、いた、」

「ご、ごめん、……痛かったよね?」

私達は額同士をぶつけて、地味な痛みがジンジンと襲って来た。
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