心の刃 -忠臣蔵異聞-
第21章 心の刃


 義央を討った大石たち赤穂四十七士は、その首級を主君/浅野内匠頭長矩の墓前に供えるべく泉岳寺へ向かった。内蔵助は上杉からの援軍に備えながら、警戒を怠らず移動していた。
 吉田忠左衛門・富森助右衛門等二人は一党から離れ、大目付/仙石(せんごく)久尚(ひさなお)へ討ち入りの顛末を報告しに出頭する。
 大石内蔵助は寺坂(てらさか)吉右衛門(きちえもん)を一党から離脱させ、各地に離散している家族・郎党・協力者たちへの報告任務を与えた。老中に大目付に出頭したのは四十六人であり、吉右衛門は含まれていないのである。実のところ吉右衛門は、吉田忠左衛門の家臣であり浅野内匠頭長矩の家臣ではない。しかも、身分が足軽であった為出頭の際、一党から離脱させたのではないかと言われている。主である吉田忠左衛門は、吉右衛門を不届き者として公儀に報告した為大目付からの追手にはかからなかった。
 その後、浪士たちの遺児や家族に対し幕府から赦免がされる中、吉右衛門は大目付/仙石久尚に出頭するが、一切罪は問われず逆に金子を受け取っている。そして江戸麻布にある曹渓寺で寺男などを務め八十三歳でこの世を去った。
 仙石久尚は月番老中/稲葉(いなば)正往(まさみち)の屋敷へ行き、事件の概略を報告して二人はそろって江戸城に登城した。
 泉岳寺からの届け出で寺社奉行/阿部(あべ)正喬(まさたか)、また町奉行 松前(まつまえ)嘉広(よしひろ)は吉良邸に派遣した目付からの情報を集め、老中・若年寄の評定が行われた。赤穂浪士たちの討ち入りを一同はそろって称賛し、老中の中には感激のあまり涙する者もいた。 
 その後、綱吉に拝謁し赤穂浪士たちの討ち入りを報告した。綱吉も非常に喜び処分についてはゆっくり決めたいとし、四十六人の赤穂浪士を細川(ほそかわ)綱利(つなとし)松平(まつだいら)定直(さだなお)毛利(もうり)綱元(つなもと)水野(みずの)忠之(ただゆき)の四大名家に御預けとした。

                  二

 赤穂浪士たちの活躍は、江戸市井の喝采を浴びた。
 多都馬は江戸庶民が赤穂浪士討ち入りで浮足立っている中、普段通り調達屋の商売に戻っていた。
 多都馬は退屈そうに、卓上に頬杖をついて通りを眺めていた。町中至る所で討ち入りの話が聞こえてくる。瓦版を手に話をしている者、どこかで聞いてきた話を身振り手振りで話す者。どれだけの人間が、討ち入りの実行を信じていたか。世情の変り身の速さに嫌気が差していた。
 大きな欠伸をした後、多都馬は立ち上がって奥へと下がって行く。
 奥の部屋の縁側にいつの間にか野良猫が日向ぼっこをして眠っている。
 猫は多都馬が側に行っても逃げずに眠っていた。
「お疲れですか?」
 須乃が店から戻ってきた。
「いや、退屈なだけさ。」
 多都馬は横になって、眠たそうに大きな欠伸をしている。
「上のお部屋でお休みになられては?」
「いや、それほど眠いわけではないのだ。」
 須乃は多都馬の様子を心配そうに窺い見る。
「大石様や堀部様は、いかがお過ごしなのでしょうか。」
 須乃が心配そうに多都馬に尋ねる。
「大石殿は細川家、安兵衛は松平家に預けられているそうな。」
「御公儀の御裁定は、どうなるのでしょうか。」
「さぁ、どうなのかね。」
 他の浪士たちは多都馬の与り知らぬところだが、大石についてはどうなるか想像はついていた。
ー ご赦免になっても、あの男だけは生きてはいまい。ー
 須乃は、暫く黙って多都馬の後姿を眺めていた。
「どうした?」
 黙っている須乃が気になって多都馬が声を掛ける。
 前を向いたままの多都馬に須乃が言う。
「お辛いことが、ありましたら・・・私にもお教えくださいませ。」
 多都馬の心の内を察した須乃の精一杯の慰めの言葉だった。振り返って須乃の顔を見ると、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「わかった。・・・そうするよ。」
 須乃の気持ちに多都馬は明るい声で答えた。
 須乃は多都馬の様子が気がかりだったが、触れずに台所へと消えていった。
 側で眠っていた猫が用事を思い出したかのように目を覚ます。隣にいた多都馬の事など気にもせず、縁側を降りてどこへとなく去って行った。
 多都馬は、まだ寝転んだまま空を眺めている。
― なるほど。泉岳寺で切腹せず公儀に判断を決めさせる。自分たちで撒いた種を、自分たちで刈らせるということか。―
 店に客が来たらしく、台所にいた須乃が慌てて応対している声が聞こえる。
― そうか・・・。あんたの戦いは、まだ終わっておらんのだな。―
 多都馬は空を見上げながら心の中で呟いた。

                  三

 内蔵助の狙い通り、幕格は赤穂浪士の処分に大きく揺れていた。大目付四人、寺社奉行三人、町奉行三人、勘定奉行四人から成る幕府評定所は十二月二十三日に意見書を老中に提出する。
 それは次のような内容であったという。
「一、吉良左兵衛は死んでも親の身を守るべきはずなのに、自分だけ生きているのは許せないことだ。切腹を言い渡すべきである。」
「一、吉良義央の家来はよく戦った。それにおいて手傷を受けた者は、親類へ預け養生させるべきだ。しかし、戦いもせず手傷も負っていない者は、侍の面目に関わるため全て斬罪にすべきだ。」
「一、小者・中間の類はお役御免にする。」
「一、上杉(うえすぎ)弾正(だんじょう)大弼(だいひつ)(上杉綱憲)、同民部大輔は、内匠頭家来一同が義央屋敷から泉岳寺へ向かうまで追っ手を出さなかったので領地を召し上げる。」
「一、大石たち四十六人が亡主の志を継ぎ、一命を捨てて義央邸へ討ちこんだことは真の忠義であり、御条目の一説の『文武忠孝を励み、礼節を正しくすべし』にも書かれている行動である。徒党を組み武器を持ち、狼藉を働いたように見えるかも知れない。しかし、だからといって躊躇していては討ち入りなどできない。これは、やむを得ない行動である。」
「一、御条目に徒党を結んで誓約することは禁止されているが、もし大石たちに徒党の志があったなら城を召し上げられた時、未練がましいことを言った筈である。しかし、その時は少しも命令に背くことはしなかった。この度の討ち入りは、四十六人気持ちを一つにしなければ本望を遂げることができない。故に、やむを得ずに行った手段であるから徒党とは言えない。」
「一、このようなことが後にあったとしても、その時の情勢で判断することであるから、その時は処分の仕方をよく検討して決めるべきである。」
「一、大石たちの処分はお預けとし、後年になってからよく吟味の上処分するべき」
 吉良家および上杉家には厳しく、浅野方にはひどく肩入れされた内容であった。
 
                  四

 学者間でも議論が交わされ、(はやし)信篤(のぶあつ)(林大学頭)や(むろ)鳩巣(きゅうそう)(当時加賀前田家家臣)などは義挙として助命を主張した。
 林信篤は感激する気持ちを隠しながら次のように述べている。
「この度、浅野内匠頭が家臣/大石達が亡主の遺恨を継いで吉良を討ったことは、忠義にあたることであり、その行為は少しも公儀に背いていない。家臣が忠誠を尽くすことは、称賛すべきことではないでしょうか。そうしたことにも関わらず、身分もわきまえず己の欲するままに高貴な役人を殺害、或いは徒党を組んで御府内を恐れず白刃を挙げるのは不敬だと、主張して厳罰に下すことがあれば我々は天下の笑い者になるでしょう。そして忠義の道が地に落ち武士としての心も消えてしまうことになりましょう。この事は決して私の個人的な意見ではありません。聖賢の大経に基づいて申していますので、深く思慮されることを願っています。」
一方、荻生(おぎゅう)徂徠(そらい)は冷静に林信篤とは反対の意見を述べている。
「四十六士が主人のために仇を討ったことは、家臣たる者の恥を知り、己を潔くした道であり確かに義である。しかしこれは、その党に限ってのことであり、結局私事であることは間違いない。長矩が殿中もはばからないで罪に処されたのを、吉良を仇として公儀の許しも得ないのに騒動を起こしたことは、免れることのできない罪である。助命ではなく切腹を申しつければ武士としての面目も立ち、また上杉家の願いも叶い納得することでしょう。そうなれば幕府が四十六士の忠義の行動を軽んじていないことにもなり、そこにはじめて天下の公論が成り立つのではないでしょうか。」
 儒学者である佐藤(さとう)直方(なおかた)も、赤穂浪士たちの討ち入りを公儀に対する反逆であり厳しく処罰すべきと述べている。反逆という言葉を用いている佐藤直方が、恐らく一番内蔵助の真意を見抜いていたのではないだろうか。

                  五

 大石等赤穂の浪士たちの処分は、未だ暗礁に乗り上げたままだった。
 江戸の市井の間でも処分について意見が分れていた。
 大石無人とその息子/三平に誘われ、多都馬と長兵衛は飲み屋で酒を飲んでいた。
「討ち入りから一ケ月半が経つというのに、まだ処分が下されないっていうのは御交儀も何をお考えなのでしょうねぇ。」
 長兵衛は、多都馬と無人、三平に酒を注ぎながら言う。
「上様も揺れておるのだろう。」
 三平は注がれた酒を飲みながら言った。
「元々さほど詮議もせず、ご裁断あそばされたそのツケを払わされているのだ。自業自得じゃ。」
「無人様!御口が過ぎますよ!」
 長兵衛は無人の言葉に冷や汗をかいて辺りを見渡した。
「しかし、父上。内蔵助殿たちのご処分は、一体どのようになるとお思いでしょうか。」
「幕閣や他の大名たちは助命を申し出ておるし、江戸庶民の間では内蔵助たちの討ち入りを義挙として持てはやしているからの。」
「するっていうと、皆さま揃ってご赦免ということになるんでしょうか。」
 内蔵助たちが助命されるかもしれないという望みが長兵衛の表情を明るくさせた。
「うむ。上様といえども、世情の想いを無碍(むげ)に出来まい・・・。」
 長兵衛は、話に興味を示そうとしない多都馬を見る。討ち入りの話になった途端、多都馬は興味ない素振りで無人たちの会話から離れていた。つい先ほどまで隣にいた多都馬は、長兵衛の気付かぬ間に店の娘と他愛もない話をしていた。
「多都馬様。」
 長兵衛が呼ぶ声も届いていない。
「多都馬様!」
「ん?何だ?」
 多都馬は面倒くさそうに顔を向ける。
「多都馬様は、どうなると思いますか?」
「何が?」
「何がって。そりゃ、大石様たちのご処分に決まっているじゃありませんか。」
「そうじゃ。お主は、此度(このたび)の功労者であろうが。」
「わかりませんよ。」
「何?」
 無人と三平は、多都馬の言ったことに唖然としてしまう。
「多都馬殿は、感心がないのか。」
「・・・討ち入りは、もう終わったのですよ。」
 多都馬は、代金を卓子の上に置いて店を出て行ってしまう。
「多都馬様!」
 長兵衛は、無人と三平に一礼して多都馬の後を追いかけた。

                  六

 綱吉は浪士たちの処分に悩んでいた。簡単に採決を下せぬ理由が綱吉にはあったのだ。それは武力をもって統治するものではなく、徳をもって統治するものであるという儒教の教えを重んじていたためだった。
 各地の大名等が盛んに赤穂の浪士たちへの助命を願っていた。特に熊本藩五十四万石の当主/細川綱利の大石たちへの熱意は凄まじく、愛宕山へ助命嘆願を二度も行っていた。この思いを酌まずに断罪にすれば人心は更に離れていくことは明らかだった。
 しかし、将軍として彼らを許してしまえば浅野長矩にだけ切腹をさせた裁断は片手落ちであったと認めることになってしまう。
― 大石め。泉岳寺で切腹しておれば、余がこのように苦慮せずに済んだものを・・・。―
 将軍の権力に傷が入ることだけは避けたかった綱吉は、輪王寺門跡だった公辨法親王(こうべんほっしんのう)を頼ることになった。
 公辨法親王は後西天皇の第六皇子であり皇族であった。その皇族から助命があったということであれば浪士の命を救え、かつ大名たちへの体面も保つことが出来る。皇族からの要請であるから、将軍の権力にも傷が入らないということを期待したのである。
 ところが、公辨法親王は軽く相づちを打つだけであった。そして綱吉は、最後まで浪士の助命を切り出すことはしなかった。
 綱吉は結局、荻生徂徠の主張を採用し浪士に対し切腹を命じたのだ。
 二月四日、細川綱利、松平定直、毛利綱元、水野忠之の四大名家に御預けになった赤穂四十六士は切腹した。
 午後四時頃から始められ、一時間ほどで終了したという。 

             七

 多都馬は、芸州浅野本家上屋敷に藩主/綱長から直々に呼ばれていた。
 大石達四十六名は切腹となり、斬首という罪人扱いではなかった。綱長は浪士たちを救えなかったことを暫く悔いていた。他の大名と違い本家である綱長は、内蔵助たちを自身の藩に迎い入れたかったのだ。
「多都馬。この度の影働き、誠に見事であった。」
「はっ」
 綱長の側で忠義が微笑む。
「褒美をとらせる、何なりと申せ。」
「数馬が元服した折は、殿の家臣としてお加え頂きとう存じます。」
「その件は、素よりそのつもりじゃ。」
 多都馬は、綱長の顔を見つめ平伏する。
 綱長の側に、家老である忠義が多都馬に目配せをする。
「では、この度の一件にて私の手足となり働いてくれた江戸口入れ屋/長兵衛、そして配下の者たち数十名に褒美を殿直々に取らせて頂きたく存じます。事を首尾よく運んだのは、彼等の見事な働きがあってのこと。この者の労を労《ねぎら》って頂きたいと存じます。」
 忠義は、多都馬の言葉に首を振る。
「多都馬。殿直々にとは・・・。」
 綱長が忠義を制して言う。
「忠義、構わね。そういたそう。それより、多都馬。その方自身の褒美は如何する。」
「私は・・・。」
 多都馬は、そう言い出すと言葉を発しなくなり黙ってしまった。
「多都馬。如何した?」
「私は・・・。心に刃を持たずともよい、そのような世が訪れれば・・・それで十分でございます。」
 いつも人を食ったように飄々とした多都馬が、思いがけぬ言葉を口にし絶句してしまう綱長だった。
 綱長の側に控える忠義が見かねて言った。
「多都馬。殿を困らせるでない。」
 綱長がため息をもらす。
「そのような世が来ればよいがの。」
「幼子の涙は見とうはありませぬ。」
 多都馬の脳裏に主税や右衛門七、一学、金右衛門やお艶の顔が浮かんでいた。
「多都馬。では、己の褒美はいらぬと申すのか?」
「私は、既に殿より褒美を頂いておりまする。」
「何じゃ?余は何も与えてはおらんぞ。」
「左様ですか?その褒美は今も私の帰りを、首を長うして待っております。」
 綱長は直ぐにそれが、須乃の事だと察する。
「そうか、そうであったの。」
 喜ぶ綱長ではあったが、それは自分の庇護が必要なくなったことを意味していた。
 落胆を隠せない綱長の横顔を、忠義が悲痛な面持ちで見つめていた。
「殿が申された、強さの意味もようわかりました。」
「喜ぶべきことなのだが、寂しげな気持ちになるのは何故なのかのぉ・・・。」
 綱長は、大きなため息をもらしている。
「殿。多都馬に御用がございますれば、この忠義《ただよし》が首に縄をつけ連れて参りまする。」
 忠義の言葉に綱長は苦笑する。
「今の暮らしが立ち行かぬ時は、遠慮なく余を訪ねて参るのだぞ。」
「有難きお言葉、痛み入りまする。」
 多都馬は、綱長に深々と頭を下げ答えた。
 多都馬は諦めきれぬ綱長を残し、芸州浅野本家上屋敷を後にした。

            八

 庶民の間で赤穂浪士討ち入りの熱気は冷めず、浄瑠璃など討ち入りを題材にした芝居が次々に立ち上がっていた。芝居小屋の者たちが客寄せのために、さも見て来たかのように話をし始めている。江戸庶民の間にも討ち入りのことが大袈裟に伝わっていた。
 一大事件が起きると、人はその渦中に身を置きたがる。そして、語り部の都合の良い話が出来上がり事実とは違った逸話が誕生するのだ。堀部安兵衛の高田馬場の決闘がそうである。十八人斬りと安兵衛の勇姿を盛り上げていたが、実際には三人を斬ったに過ぎない。
 多都馬の目に” 曽我夜討 “を掲げた中村座の芝居小屋の幟が映った。
 多都馬の帰路を遮るように、男が人混みに紛れに立っていた。
 その男は、石堂兵衛だった。
「兵衛。」
「多都馬、久し振りだな。」
「何か用か?」
「軒猿たちとの戦いは見事であった。」
 人混みの中で対峙する多都馬と兵衛の間を、多数の人々が気にすることなく通り過ぎて行く。
「ここでは、人が多すぎる。追いて参れ。」
 兵衛は踵を返し歩いていく。
 多都馬は、立ち止まっていた。
 兵衛が付いて来ない多都馬に気づいて振り返る。
「どうした?」
 ため息をついた後、諦めた表情で多都馬は兵衛のもとへと歩き出した。

                 九

 多都馬は、兵衛の後を付いて歩いていた。二人は人気のない江戸の郊外まで来ていた。人の手が入らず荒れ果てた廃寺がそこにはあった。
 兵衛と多都馬は、その廃寺に入っていく。
 崩れた塀の隙間から小さな梅林が見える。
 兵衛は、ふと立ち止まり辺りを見渡す。
「もうここらでよかろう。」
 兵衛が刀を抜く。
「どうしてもやらねばならぬのか?」
「ワシの生き方の問題だからの。」
「そのようなこと・・・。」
 多都馬が言い終えぬうちに兵衛が微かに呟く。
「美郷も・・・逝ってしまった。」
 平和な時代に器用に生きられぬ兵衛が、一瞬不憫に感じてしまう。
「柳沢もこの度のことで名声も地に落ちた。狙うていた大石も幕府によって裁かれてしまった。武士の時代も終わりよな。」
「それが我らが殺り合う理由なのか。」
「理由はある。」
「どんな理由だ。」
 兵衛は、黙ったまま多都馬を見つめている。
 暫くの沈黙の後、兵衛はゆっくりと話し始める。
「内匠頭様の刃傷事件、柳沢に知恵をつけたのはワシだ。」
「何だと!」
 多都馬を見つめる兵衛の眼は、どことなく悲しみに満ちていた。
「止むを得ぬか。」                          
 兵衛が刀を印に構える。
「二階堂平法・奥伝/十文字・・・か。」
 多都馬が兵衛の構えを見て呟く。
「ワシに心の一方は通用せぬぞ。」
 多都馬は兵衛が呼吸をする一刹那のうちに抜刀し正眼に構える。
 兵衛がその速さに驚き半歩下がる。
 兵衛の気配を感じながら多都馬は静かに目を閉じた。正眼に構えた刀がゆっくりと上がっていき、多都馬の顔辺りで止まる。
 兵衛は突き出た刀の切っ先が、間合いの外にいても伸びてくるような錯覚を感じていた。兵衛は、その切っ先を避けるように後退る。ところが、伸びてくる錯覚は消えなかった。初めて味わう感覚に兵衛は動揺を隠せなかった。
「秘奥義、念の一方」
 多都馬が静かに呟く。
「秘奥義だと?」
「剣の極意とは即ち邪念を払い、己が心の平静を保つこと。念がある故に心も乱れる。」
 兵衛は、目の前にいる多都馬の実体が捕らえられない錯覚に陥る。しかも、突き出てくるような刀の切っ先で、踏み込むことが出来ずにいた。
― 多都馬は、確かに目の前におる。しかし、気配が感じられぬ。こ・・・これが奥義。―
 長い静寂が二人を包む。
 二人の対決を促すように風が吹き始める。
 先に動いたのは兵衛だった。
 兵衛が袈裟掛けに斬りかかる。
" 斬った "と思った。
 しかし、兵衛の刃は空を切り、斬ったはずの多都馬はいなかった。
 勢い余った兵衛の刀はそのまま地面に突き刺さる。
 多都馬は滑るように間合いに入り、側面から兵衛の頸動脈を斬る。
 兵衛が刃先の冷たさを頸動脈に感じた時、首から血しぶきが飛び散りる。
 兵衛の体がゆっくりと膝から崩れ落ちる。
 見開いた兵衛の目は、自らの野望の行く先を追い続けているかのようであった。
 多都馬は兵衛の遺体を悲しげに見つめ刀を納める。
 ふと梅林に目をやると、今にも咲きそうな蕾がいくつもついていた。
 暫くの間多都馬は、その蕾を見つめていた。その愛らしい蕾から須乃の笑顔が目に浮かんでくる。
 気が付けば春の訪れを告げる甘い香りが廃寺に漂っていた。
 多都馬はその甘い香りを身に纏い、須乃が待つ家路へと歩き出したのだった。

【完】


※参考文献※

野口武彦氏「花の忠臣蔵」(講談社)
「歴史と旅 特集 赤穂四十七士総登場 昭和56年 12月号」(秋田書店)
「歴史読本 昭和56年12月号 特集 元禄赤穂事件」(人物往来社)
「歴史群像シリーズ57 元禄赤穂事件 将軍綱吉と忠臣蔵四十七士」(学研)
「歴史と旅 赤穂浪士大特集 赤穂事件」(秋田書店)
他インターネットを参考にいたしました。

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