あなたの隣を独り占めしたい(続編まで完結)

信じさせて

 恭弥さんとの付き合ってから1ヶ月はあっという間に過ぎた。
 嫌だと思ったら別れればいいと言われてはいたものの、二人で会うほどに予想通り私はすっかり彼を好きになってしまっていた。
 ただ、恭弥さんはメールや電話をあまり頻繁にするタイプではないようで、週末に会うと平日はほとんど連絡を取らない感じになる。

(会社で会っても、本当に“課長“の顔をしてるから未だにこの人が自分の恋人なのかなって疑いたくなってしまう)

 重い女にはなりたくない。
 二人でいる時はすごく優しくしてもらってるし、不安になる必要なんかないのに。
 それでも、社内では相変わらずクールでミステリアスで女性に熱い視線を向けられている彼を見ていると、どうしてもハラハラしてしまう。

 次に会うのはクリスマスイブの夜を約束していて、仕事が終わったら彼が私のアパートに来てくれることになっている。
 どうしても私の方が先に会社を出ることになるから、料理とケーキくらいは腕を振るってみようと思っているのだけど。
 恭弥さん的には別に何もしてくれなくてもいいみたいだ。
 普通に一緒に過ごせたらいいというようなことを言っていた。

(でも行事はやっぱり大事にしたいし。これは私がやりたいことだから)

 そう思って、すでにケーキは美味しいと評判のお店に予約をしてあるのだ。
 部屋も少しずつクリスマスっぽい飾り付けもしてあって、毎日眠るときに当日を想像してワクワクしている。

 この私のイベントに対する期待が大きすぎたのがまずかったのか……
 その週の頭、珍しく恭弥さんから電話が入った。

「ごめん、24日なんだけど。明日緊急に九州支店に呼び出されて……帰りは次の日になりそうなんだ」
「あ……そうなんですか」
(いけない、声のトーンが低くなったのバレたかな)

 そう思ったけれど、恭弥さんの言葉は淡々とそのまま続けられた。

「約束してたクリスマス、25日にゆっくりっていうのでもいい?」
「はい。大丈夫です」

 頑張って声を張ってみても、ガッカリしたのは伝わっただろう。
 恭弥さんも少し気まずそうに沈黙する。

(金曜日に出張が入るなんて普通のことなのに)

「あの、本当に大丈夫ですよ。25日だって、十分にクリスマスですし」
「……明日、何か準備してくれてた?」
「いえ、恭弥さんが何もしなくていいって言ってくれてたので。何も用意してないですよ」
「ならいいんだけど」

 まさか料理の仕込みもしてあって、ケーキもホールで準備するつもりだったなんて言えない。
 12月に入ってからはほとんど会う機会がなかったから、すごく楽しみにしてたこともあまり悟られないようにしなくちゃ。
 だって、恭弥さんは忙しい人だし。
 私がわがまま言ったり重い女になったら、きっとあっという間に違う女性に奪われてしまう。

 私の心にはまだ圭吾に裏切られた傷が生々しく残っていて、いくら「そのままでいい」と言われても、”どの自分が”「そのままの自分」なのかがわからない。
 
 正直な私の心を言えば、明らかにガッカリしている。
 胸の奥が痛くて呼吸も少し浅くなった感じもする。
 
(電話は顔が見えないからよかった)

 私は会話を長引かせてもいいことはないと思い、眠いからと言って短めに通話を切った。
 気まずかったのか、恭弥さんから『おやすみ』のラインが送られてくる。
 私からは気にしないで欲しいという意味を込めて、お気に入りキャラのスタンプで『おやしみなさい♪』と返事をした。

(これで大丈夫かな)

 気まずさがようやく薄らいだような気がして、ベッドに寄り掛かってほっと息を吐いた。

「はぁ。まだ恭弥さんが恋人だっていう実感が薄いのがいけないのかな」

 ずっと会っていたいとか、毎日顔が見たいとか。
 そんなことを思っているわけじゃないけれど、やっぱり明日は一緒に過ごしたかった。

 次の日は来てくれると言っている。
 それで問題ないじゃない。

 そう言って聞かせても、それまで楽しみにしていた気持ちがあっただけに、会いたいという気持ちが強く膨らんでくる。

(あ〜、もう! 考えてもしょうがない。ここは大人になって24日は大人しくしていよう)

 そう決意したのに、その日を狙ったかのように事件は起きた。
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