シングルマザー・イン・NYC
私たちのすぐ前を、濃紺のシルクドレスのご婦人が男性と連れ立って歩いている。

美しく結い上げられたグレーがかった金髪に見惚れていると、ベロアのバレッタがパチン、と音を立てて外れ、髪がばらけた。

ご婦人は思わず立ち止まり「あら」と言い、屈んでバレッタを拾った男性が「壊れてしまったようだ。困ったね」と苦笑した。

その二人の様子がとても感じが良かったので、私はつい、「髪、お直しましょうか? すぐできますよ。美容師ですから」

と声をかけてしまった。

「あら、いいの? こんな場所でできる?」

「応急処置ですけど」

私はバッグから手持ちのピンを数本出し、彼女のほつれた髪を手早くまとめてアップにし、数か所にピンを差し込んだ。
所要時間、約三分。

「まあ、ありがとう」

整え直した髪を手で触りながら、ご婦人はお礼を言ってくれた。

「どういたしまして。お役に立てて良かったです」

「機転の利く、素敵な恋人だね」

男性が篠田さんに向かって、ウインクする。

篠田さんは「はい」と答え、嬉しそうな、そして誇らしそうな笑顔で私を見つめた。
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