腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。

お隣さん

「うげ……もう夏じゃん……」

玄関から外に出ると、明るい日差しに目が(くら)んだ。まだ四月なので夏と呼ぶのは大袈裟(おおげさ)なんだけど、一ヶ月くらい引き(こも)っていたからすごく暖かくなっていてびっくりする。

そして、身体が動くと視界も揺れる。

「あ、やばいな……」

ちょっとくらくらする。

玄関のドアノブに捕まったまま、私はしゃがみ込む。久しぶりに動いたせいか、息苦しいし心臓もドキドキとしてざわつく。少し休んでから行こう。

そう思って目を閉じていると、ふと真横に人の気配を感じた。


「大丈夫ですか?」


私はその声に、のろのろと顔を上げた。


「あ……」


この人は、お隣の。


鷹峯(たかがみね)さん……おはようございます……」


私はその綺麗なご尊顔(そんがん)を前に、律儀(りちぎ)にも朝の挨拶。


「おはようございます……で、どうされました? 顔、黄色いですけど」

黄色? そこは普通、青とか白とかでは?

鷹峯(たかがみね)さんも律儀に挨拶を返してくれつつ、わざわざ私の横に同じようにしゃがんでくれた。私の背中とドアノブを掴む手首に、それぞれ鷹峯さんの手が添えられる。イケメンは爪の形までイケメンだ。私の数少ない特技であるネイルアートを(ほどこ)してさしあげたい。

普段ならドキドキしちゃうところだけど、今はそれどころじゃない。病的な動悸(どうき)で意識が飛びそう。

「貴女の肌の色、白を通り越して黄色です。それに結滞(けったい)……時々脈が飛んでいます。恐らく重度の貧血でしょう」

あ、私は医者なんですが、と鷹峯(たかがみね)さんが付け加える。知ってます。

「先月挨拶に見えた時はこんな顔色していなかったはずなんですがね……それと、ここ」

「あっ……」

鷹峯さんの手が、彼自身の口角をちょんと指差す。

「殴られたんですか?」

「……あの、えっと」

私は鷹峯さんに挨拶してからずっと引き篭っていたけど、多分航大とは顔を合わせているはず。同棲している彼氏に殴られたなんて、何だか情けなくて言いづらい。

「DVする男なんて止めておいた方が良いですよ」

「ちがっ……そんなんじゃっ……」

否定しようとして、立ち上がりかけてまたふらつく。それをいとも容易(たやす)く支えながら、鷹峯さんは困ったような笑みを浮かべる。

「とにかく、一ヶ月でここまで顔色が悪くなって()せるのは普通では有り得ません。診察しますから、一度私のところへ受診に来ませんか?」

綺麗な顔に覗き込まれて、私は何だかいたたまれなくなって思わず視線を()らしてしまった。

「だ、大丈夫ですっ……それに、今からそこのクリニックに行くのでっ……」

肩を支えてくれていた鷹峯さんの手を、思わず振り払ってしまった。

「あっ……ご、ごめんなさいっ……」

私は目も合わせずに謝って、それから急いで立ち上がるとそそくさとエレベーターに乗り込んで下に向かった。













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