スパダリ外交官からの攫われ婚
貴方に攫ってなんて頼まない
本日分の仕事を終えた琴はいつものように、キッチンのカウンターテーブルで一人遅い夕食を取っている。
音羽家の広いリビングでは両親と姉二人が楽しそうに話をしていた。どうやら琴がいない間に四人で加瀬の部屋に挨拶に行ったような内容だった。
「素敵だったわねえ、優しくて笑顔も素敵で……」
「名前まで綺麗だったもの、やっぱり特別な男性って感じだったわ」
うっとりとした表情で話す姉二人に、琴の頭の中は疑問でいっぱいになっていた。少なくとも琴が加瀬に持った第一印象とはあまりに違い過ぎるから。
――優しくて笑顔が素敵? 私が加瀬さんと初めて会った時は不機嫌だったし、すぐに文句を言われたわ。確かに綺麗な顔だけど、ずっとムスッとしていたし……
まさか初対面の加瀬にまで自分は馬鹿にされていたのだろうか? 琴はそう考えかけたが、加瀬がそこまで陰湿な嫌がらせをする男だとは思えなかった。
琴の事などいないかのように楽しそうに話す家族から目を逸らし、後片付けを済ませて彼女は静かにリビングを出て行った。