恋降る日。波のようなキミに振り回されて。

第6話 分からず屋は誰だ

 2月になった。暖冬だってテレビで言ってたけど、充分寒いではないか。わたしは昨年のことを思い出していた。中学を卒業して、あーるに会えなくなって、勝手に失恋して悲しくて、高校入学して、月先輩と出会って、秋に先輩が島に合宿に来て、先輩とちょっと話ができて、あーるがわめいて、冬になってS高校の話をあーるにしたら、機嫌悪くなって。

(なんであんなに強い口調になってたんだろう)と思ってたところに、

「あーるのやつ、自分の将来は自分で決めるって躍起になってたよな」ソックモンキーに入ってるテンが話し始める。

「まっ、なかなかベタな言い訳だったな」
「ベタでいいじゃん。わかりやすい」わたしはコタツに頭を預けた。
「けど、お前、納得してない」
「そうだよ」頬があったかい。
「何がいけないわけ?同じ高校にあーると行けんじゃん。去年泣いて」テンの話を、
「っも、うるさい!!それ以上言わないで!!」と遮るわたし。
「お前がつらいのを共有するこっちの身にもなれっての」テンの声が少しだけ小さくなった。
「え?そうなの?」頭を起して机の上のソックモンキーを見る。
「そうだよ。姿形はなくとも、魔法が起こらずとも、感情の部分は繋がってるからな」ソックモンキーが動くわけではないけれど、こっちを見ているような気がする。
「知らなかった。まあ、言われてみればそうか」わたしは視線をそらす。
「だから、お前があーるのことで煮え切ってない今の状況も同じように感じてるし、月先輩のことで色めき立つのも感じてる」とわたしを冷やかすテン。
「色めき立つって、なんか恥ずかしいんですけど」ホントに恥ずかしい。
「実際そうじゃん。今日は先輩のウエア―白で、お前頭の中真っ白にして」追い打ちをかけるかのようにテンはしゃべる。
「はいはいはい。そうですっ」もう認めないと話が終わらない。

テンともえには敵わない。今日の部活の時、もえに聞いたんだ。

「もえはさ、なんでテニス部入ったの?」前々から聞きたかったことだ。
「理由いる?」なんのことやらといった表情のもえ。ポニーテールがわずかに揺れる。
「理由無いの?!」わたしはまさかの言葉に一時放心状態となる。
「あえていうなら、テニスの恰好したかったからかな~」人差し指を下唇にあててもえはボールを拾った。
「コスプレ願望?!」神聖な部活に対してなんて事だ。
「そういうことにしといて。うふっ」ハートを出してもえは笑った。

 絶対はぐらかされた。もえは確信を言わない。こっちは友達だと思ってるけど、あっちは本音で話さない。こういうタイプが島にはいない。いや、本土にもこういう子は稀なのかもしれない。

「はじめーーー、お風呂焚いてーーー」母さんの声。

(はいはい、長女は文句ひとつ言わずにいたします)と心の中で呟きながら私はコタツを出た。

 寒い土間で火をつけると当然だが暖かかった。冬の風呂焚きの醍醐味は焼き芋だよねと、みゆきが言ってた。ばあちゃんにもらったさつまいもをホイルに包んで、炎の中にそっと入れる。弟たちの分も。銀色のさつまいもを見ながら、時折、ぱちんっと跳ねる火の粉に、心の中のもやもやが蹴散らされていくようだった。




 4月。高校の入学式は前日にあった。今日からはあーるも同じ船、同じバスに乗る。あの言い争いから、一言も口をきいていない。気まずい心を抱えて船に乗った。あーるは同級生達と並んで座っていた。まともにも見れない。わたしはみゆきの後ろに隠れるようにしていた。バスに乗るときも同じようにした。

 学校に着くと、新しい教室なのに代わり映えがしないのは、みゆきももえもクラスが一緒だったから。

「みゆちゃーん、はじめちゃーん、また一緒だねえ~」もえが笑顔でやってきた。
「もえちゃん、またよろしくね。二年生になってもお世話になります」みゆきが大人対応している。
「はじめちゃーん、よ・ろ・し・く・ねっ。うふっ」もえの笑顔からスマイルマークが飛び出す。

(念を押された!)わたしは背中に一筋の汗を感じた。

 教室の窓からは満開が過ぎて、散っていく桜が目の前に見えた。昨年は三階の教室からだったから、桜を見下ろした。2年の教室は2階。運動場の桜並木がちょうど目線の高さにある。教室なのに桜がとても近くて、ラッキーな気分。

 昼休み、部室に昨日忘れた教科書を取りに行った。昨年と同じ、桜の舞う運動場で立ち止まった。桜をめいっぱい体で感じたかった。風が吹いてくる。昨年と同じ方向から。桜の花びらの一つひとつが、私の体の細胞を外側に押し出して、空っぽの透明人間みないな、枠だけのわたしが、運動場に残った気がした。しばらくそんな感覚に浸っていた。

「はーちゃん」わたしは透明人間にはなれてなかったらしい。あーるがいた。
「あーる、なんでここにいるの?」まだ少し気まずかった。
「同じ学校にいるんだから会うのは当然じゃん」あーるは腕を組んでこっちを見ている。
「だって入学したばっかりの1年生じゃ、運動場には用事ないでしょ」気まずさを先輩風吹かして誤魔化す。
「また決めつけるなよ」きっと冬のあの日の出来事の事を言っている。
「だってそうだもん」ますます気まずいわたし。
「桜、見に来たらダメなのか?」あーるが上を見る。
「桜見に来た?」わたしもつられて上を見た。
「そうだよ。はーちゃん高校の桜がきれいだったって言ってたし」あーるがまたこっちを見る。
「言ったっけ?」視線が合う二人。
「言った」視線をそらすことを許さない言葉。
「……」沈黙を桜が覆う。

 自分が覚えていない話を、あーるが覚えてくれていた。二人で、同じ場所で、同じ桜に囲まれている。中学の時も、同じ場所に二人で立ってたっけ。あの時より背が伸びたあーるを見上げる。突風が吹く。あーるは腕で、わたしは教科書で顔を覆う。自分の紺色の腕時計が見えた。よく見ると昼休み終わる時間になっていた。

「じゃ、あーる、わたし教室にもどるから」わたしは早足でその場を離れる。
「はーちゃん、あのさ、」あーるが何か言いかける。
「時間無いって。またね」わたしはドキドキしている心臓に教科書を押し付けた。

 教室に帰ると、机に、意味ありげなメモが置いてあった。気がつかなかったことにしたい。チャイムが鳴った。座って教科書置いて、筆箱開けて、ノートを開く。とりあえずノートの上にメモを置く。これは爆弾だ。先生の声は全く聞こえない。爆弾に一点集中する。このまま見つめ続けたら、このメモ、なくなるかもしれない。テン!わたし本当に困ってる!だけど、魔法が発動する気配もなく、2年生になっても相変わらず、わたしはメモを開くのだ。

――桜の木の下で、あーるくんと一緒だったね。

 もえ、なぜもう名前を知っている。頭が通常の倍、いや10倍は重い。首が折れるほど、下を向く。ああ、玩具だ。完全に、完璧に、間違いなく玩具にされてしまった。自分から言わなければ良いなんて、高をくくっていた。女帝には女帝たる所以がある。

 その日テニス部は顧問とキャプテンが休みで、急きょ休みになった。久しぶりに部活をせずに帰る。たまにはいいよね、ってみゆきと話しながらバス停に向かう。バス停でしばらく待っていると、バスがくるはずの方向から、走ってくる…

(陸上部だ)

 反対の歩道を、颯爽と走っていく。月先輩は、いないのに目はその風を追いかけてしまう。今日は各部活の主将が集まってミーティングをする日だった。部活ってのは色々決め事があるらしい。ようやくバスが来て乗り込む。バスの扉が閉まって、また開いた。バスの運転手さんは優しい。田舎のバスだから、ぎりぎりアウトな人がいると、気がついて乗せてくれる。

「はあ、はあ」息切れが聞こえる。ずいぶん急いで走ってきたんだな。

「良かった。間に合った」息切れの主はあーるだった。

 あーる、間に合ったんじゃなくて、間に合わせてくれたんだよ、と心の中で言いつつ、気づいていないふりをしてた。そんなわたしの気持ちを知るはずもないこの男は、

「はーちゃん、なんでこのバスに乗ってるの?」ようやく息が整ったのか、座っているわたしの方に近づいて来た。
「今日、部活、休み」短くぶっきらぼーに答える。
「バスと船使うって、めんどくさいな。しかも走るし」窓の外を見ながらあーるは言った。
「わたしは歩きましたけど」わたしも外を見ながらつぶやいた。
「部活入ったら、数本後のバスと船かー」さらにめんどくさ度が上がった声。
「帰宅部になれば」わたしは適当に話す。
「おれ、もう部活決めてる」と、いきなりの宣言に、
「はぁぁぁあ?!!早くないっ?!!」わたしは思わずあーるを見てしまった。
「へっへ~。何部に入るか気になるでしょ?」笑顔でこっちを向くあーる。
「気になりませんっ」そっぽを向いてこれ以上感情が出ないように精一杯の演技をする。
「気にならないの?ほんとに?」立っているあーるの顔が近づく。
「みゆちゃんさんは気になりますよねー?」みゆきは私の横の窓際に座っていた。あーるはみゆきには敬語交じりで話す。
「あーるくんは、運動好きだよね。中学はバドミントンだったから、高校はバスケ部!!」みゆきが屈託のない笑顔で話す。
「みゆき、何その予想。。。」思わず心の声が出るわたしだった。

 わたしが呆れて聞いている傍ら、あーるとみゆきの部活当てクイズ大会は、バスを降りるまで続いた。



 1週間後、また、あーると同じバスに乗った。こっちは部活帰り。何をしていたんだろうか。へっへーんと少しにやついて目を合わせてきた。

「何よ」吊革に掴まっていたわたしは少したじろぐ。
「おれ、部活はじめたよ」そのせいでこの時間か。
「で?」まだこっちを見ているあーるに問う。
「気になるでしょ?」気になっていないわけじゃない。
「参りました。教えてください」だからせめて気にしてないように言った。
「何その言い方。心がこもってない」そう聞こえるように言ったもの。
「心こめなきゃいけないこと?!」ドキドキしている自分よ出てくるなと願う。
「おれ新一年生なのに」あーるはそんなわたしの気持ちなんて知る由もなく、
「わけわからない」と窓を見ると、そこにはわたしとみゆきとあーるが映っていた。
「優しくするでしょ、ふつー」あーるがこっちを見ながらすねている。
「しない。ふつーじゃなくって悪かったわね」わたしは窓に映ったすねたあーるの
横顔をみていた。
「全然聞いてくれないってさみしい」そういう言葉をを平然という犯罪者にドキドキが増してくる。
「あーるくん、で結局何部に入ったの?」みゆきが聞き返す。そう、最初っからみゆきに言えばいいのに。めんどくさいやつ。

「物理部っす」唖然としたわたし。らしいわーと笑顔のみゆき。

 すべてお構いなしのバスは、青信号を進んでいく。てっきり運動系の部活に入るものだと思っていた。そう言ったら、また決めつけるなって言い返されるところだった。にしても、なんで物理部なのよ。

 物理部の同級生とは仲が良かった。お友達ってわけじゃなくて、頭良いから、勉強を教えてもらっていた。変わり者の集団とみんなは見ている。変わり者には違いないが(勉強教えてもらってるのに失礼か)、優しい男子生徒ばかりだ。物理部は確か、2年と3年で7人くらいだったような。あの中にあーるが入る。やはり、想像できない。部活の神様のきまぐれだろうか。。。


つづく
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