いよいよ迎えたオープニングセレモニー。

各所に花が飾られ、とても華やかな雰囲気となった。

社長がオープニングの挨拶に来ており、まもなくセレモニーが始まろうとしているが隼人の姿が見えない。

社員一同エントランスに集まっているのにどこに行ってしまったのだろう。
企画戦略室は社長のそばで拝聴しなければならないのに。
部長はすでに社長の隣に並んでおり、談笑していた。田代さんも副社長の隣に並んでいる。他の戦略室のメンバーもテープカットのため参列しており私は心配になった。
私の横に並ぶ大介くんや梨花ちゃんも心配そうになっている。

「加賀美さんどうしたんでしょうね」

「さっきまでいたはずなんだけどね。もう10時になっちゃうしどうしたんだろう」

みんなで顔を見合わせ不安になっていると仕立ての良さそうなスーツに着替えた隼人が社長の方へ向かって行った。

「あ……」

私たちは今日スタッフとしてフロントと同じスーツの着用を決められているのにどうして?
私たちは何も言えず食い入るように見つめていた。

するとこちらを向き、一度深く頷いた。

どうしたの?
何が起こってるのかわからずにいると社長のスピーチが始まってしまった。

正面にはスタッフ全員が揃う。
また、ありがたいことに多くのメディアが取材に来ていただいており私はもう動くことが出来なかった。

社長の挨拶はあまり頭に入ることなく流れて行ってしまう。

なぜ隼人は社長の隣にいるの?

「最後になりましたが、この度私事ではありますが息子の隼人に社長職の任を与え、私は会長職へと辞したいと思っております。まだ若輩者ではございますが皆様からのご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます」

なんて言った? 

隼人が社長になるってこと?

頭が真っ白になる。
梨花ちゃんからも驚嘆の声が上がっている。

「ただいま紹介に預かりました武藤隼人と申します。母の旧姓、加賀美を名乗らせてもらい当社で8年学んでおりました。現場を知り、より良い経営、お客さまへの期待や信用を裏切ることのないホテルをみなさんと目指して参りたいと思う所存でございます。まだまだ未熟者ではありますが皆様からのご支援を賜れれば幸いに思います。本日このホテルの開業にあたりご尽力いただいた皆様に深く感謝いたします。これからこのホテルがお客様の癒しの空間を提供できるものとなることを切に願っております」

隼人の挨拶を聞き、足がガタガタと震え始めてきた。
なんとか大介くんに支えられて、笑顔を保ちテープカットを行うと乾杯の挨拶もそこそこに私は控室へと戻って行った。

控え室の椅子に座ると足だけでなく手も震え始めてきた。
どういうことなの。
隼人。
嘘つかないって言ったじゃない。
社長になるって何?
こんなに隼人を好きになってしまったのにまた裏切られるの?
座りこみ震える手を組み合わせ小さくなり固まっていると背中からふわりと抱きしめられた。

この匂い……
隼人?

「奈々美」

耳元で聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

「奈々美。ごめんな。今まで言わないで。でも奈々美の知ってる加賀美くんのままでいたかったんだ。でも後継者は俺しかいなくて、いつかはこうなることがわかっていた。いつまでも加賀美くんのままで見ていて欲しかったから言い出せなかったんだ。今日の発表の前に言いたかったけど、奈々美が離れていってしまうんじゃないかと怖くなったんだ。やっと手に入れた奈々美がまた俺のことを遠い人だと思うんじゃないか不安になった。奈々美は俺を目立つ人だと言って、付き合うのを躊躇ったよな。ますます目立つ存在になったら奈々美のことだからきっと別れようとするんじゃないかって」

背中から隼人の心臓の音が伝わってきた。
心なしか抱きしめられている隼人の手も震えているように思った。

「隼人……」

「奈々美。俺は奈々美のいない人生は歩みたくない。もし社長職が受け入れられなければ俺は辞める。奈々美と一緒にいることが全てなんだ」

社長を辞める?
辞めてもいいと思っているの?

「奈々美。俺は奈々美と結婚したい。そのために奈々美が嫌だと思うことはしたくない。未練はない。奈々美、結婚してください」

隼人の気持ちが痛いほどに伝わってきた。
目尻から流れ落ちる涙が止まることなく落ち、私は手で拭った。

「隼人……。隼人は私でいいの?後悔しないって誓える?」

「もちろんだ。絶対に後悔しない。奈々美が俺から離れてしまう方が後悔する。だから社長の座は捨てられても奈々美をここから逃すことはできない」

「隼人。大好きなの」

「俺もだよ。奈々美に俺の全てを捧げる。俺の全身全霊をかけて幸せにする。だから結婚してほしい」

「はい」

隼人は抱きしめていた手を緩め、私に正面を向かせた。

「奈々美。俺は今のままの、ありのままの奈々美を愛している。だから周りの目なんて気にすることはない。周りの目が気にならないほどに愛してやる」

そういうと隼人は私にキスをしてきた。
甘い、甘いキスで、私を味わうような隼人のキスに溺れた。

「早く奈々美の全てが欲しい」

私は真っ赤になった。
私たちはあれからキスをすることはあっても、オープンに向け休みなく働いておりそういう機会がなかったから。

隼人に求められていると思うだけで全身ゾクゾクしてしまう。
ギュッと抱きつくと隼人も抱きしめ返してくれた。

「これが奈々美からの返事かな?お前も俺が欲しいと思ってくれてるってことかな?」

いつもの口調の隼人に戻り、私は小声で「バカ」と言った。