婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
第二章 花染





烏丸証券の本社は東京都千代田区にある。

アジア最大の証券会社で、時価総額は四兆円、預かり資産は百八十兆円に達し、世界各国の金融都市に拠点を置いている。
七年前に建て替えた社屋はまだ新しく、モダンで洗練されていて、外国から来た観光客には劇場か美術館と間違えられやすい。

奈子はその烏丸証券の投資調査部門でアナリストとして働いていた。

製薬業界を専門に株式や債券の価値を分析して、銀行や保険会社などの機関投資家に向けたレポートを書いている。
昨年は鬼灯グループの御三家企業に数えられる鬼灯製薬が、ホーズキと中央研究所が共同開発した量子技術を創薬研究で実用化し、マーケットを騒がせた。

だから仕事柄、鬼灯宗一郎のことはよく知っているつもりだった。

才能、財力、家柄、容姿のすべてが完璧で、奈子の父親のように宗一郎を慕う関係者が多い一方、量子力学分野の研究を推し進めてきたホーズキ前社長の多々良(たたら)(まこと)を、新しい技術の完成間際でその地位から引きずり下ろしたとの批判がある。

突然の社長交代で動揺したグループの結束を高めるため、あかり銀行と業務提携を結び、頭取の娘との結婚を決め、初めて会った夜にすかさず婚前契約書を提示してきたからには、奈子は宗一郎のことをとんでもない冷徹な男だと決めつけていた。

奈子がなにを喜び、なにをすれば傷つくか、そんな些末なことは気にも留めていないと。
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