香澄side 最初のものがたり

「香澄、駅前のチェリーカフェ、今日行かない?」

「え、じゃあ、私も行く!」

「お、俺もヒマ」
「俺たちも行こうぜ。」

いつもこうだ。
物心ついた時から、私の周りにはいつも
人がいる。

みんな、私を囲んで楽しそうにしてる。

なんの努力をしなくても、ただ笑って
愛想を振りまいていれば、中心にいられた。

熱くもならず、冷たくもない。

本気の恋なんて、私には遠いと思ってた。

立川香澄16歳
これは私の初めての本気のストーリー。

「いいよ、私も行きたかったの」

にっこり笑ってみせる。

楽しい。

みんなに囲まれていつも楽しい。

高校生になってもそれは変わらない。

新しい友達もたくさんできた。

楽しい。

昼時のガヤガヤした、でも、ゆるい雰囲気が
漂う教室を見渡した。

みんな自由に過ごしている。

その中心にいる私たちの言動に
遠巻きに見てる人達も実は気にしてて、
時には参加する。

見えない上下関係はある。
みんな、私には逆らわない。
だけど私は天然を装う。
高圧的でもわがままでもリーダーでもない。

ただ、みんな私が好きだから、
私の意向を尊重してくれる、そんな感じだ。

ま、本当はわがままで高圧的で
自分勝手だけど。

そんなの、笑ってたら分からない。

みんな、私に優しい。

ゆっくりと目線を動かし、クラスメートを
眺めた。

あれ、あの人…。

誰だっけ?

同じクラスにいた?

廊下側真ん中くらいの席に短髪の男子。

前の席の子と何か話してる。

入学してまだ間もないけど、クラスの子の名前は、全員覚えた。

たけど、あの人、誰?

あの席に、そうだ、誰か座ってた。

でも後ろ姿しか思い出せない。

隣りで笑うリサに聞いた。

「ね、あの人、同じクラスだっけ。
ほら、あそこの短髪の人」

途端にリサが笑う。

「あー、あれ、佐藤くんね。佐藤ツバサ。
あの人、野球部で、休み時間はいつも練習してるから。」

他の子も笑う。

「野球バカだよね。いつも教室にいないし、
香澄が認識しないのも仕方ないね。」

へぇ、野球バカかぁ。

私には関係ないな。

そもそも何かに夢中になんてならないし。

野球しか頭にないのか、変なの。

ふいに立ち上がり、佐藤くんの側へ行った。

野球バカに話しかけたら、どうなるんだろう。

あっさり、デレるんだろうな、きっと。

単純に興味本位だった。

自慢の笑顔で話しかけてみた。

私も暇だ。

「あの、お話中ごめんなさい、佐藤くん、
ちょっといい?」

佐藤くんと話していた子は、イチコロだった。

空気を読んで席をはずした。

「何?立川さん」

やっぱりね、私の名前は知ってる。

おおげさに喜んでみせた。

「えー、佐藤くん、私の名前、覚えて
くれたの、嬉しい」

首をかしげてきょとんとする。

「俺、全員、覚えてるよ。山下さん、水木さん、今井くん、小林くん、佐野さん、武田くん・・・。」

そう言って、
クラスの子の名前を席順に並べていく。

は?

何?

この人?

呆気に取られる私の前で、
あどけない笑顔を見せた。

「結構、記憶力いいんだ。
俺、野球やってるからさ、相手の戦略とか
得意分野とか、弱点とか、覚えないとって
思ってたら身についた。」

その上、彼は

「あ、もう、練習行かないと。じゃあ。」

そう言ってグラウンドへ向かった。

1人その場に立ち尽くした私は、
今まで感じたことの無い感情に襲われた。

怒り。

何、あの人。

私を無視した。

私の肩を抱いて慰めるリサにも腹が立つ。

「あはは、香澄をフルなんて、あいつ、
本当に野球バカ!」

フラれた?

私が?

あぁ、でもそんな感じ。

許せない、なんなの?

感情が顔に出そうになる。

大きく深呼吸をしてリサに笑いかけた。

「佐藤くんって、本当に野球が好きなんだね。
いいなぁ、私も夢中になれるもの、見つけたいなぁ」

動揺を抑える。

「そうだね、女の子に全く興味持たなくて、
野球だけって、変わってるけどね。」

ケラケラ笑うリサの言葉に変に納得した。

そっか、女の子に興味ないのか。

なら仕方ないな。

それなら私の専門外だ。

もう、関わらないでおこう。

そう決めた。
< 1 / 25 >

この作品をシェア

pagetop